私のキャリアデザイン

「正規、非正規とキャリア」
法政大学経営学部名誉教授
小池 和男
「正規、非正規とキャリア」

ついさきごろある学会にでてびっくりしてしまった。そのテーマは正規と非正規労働者なのだが、a.正規と非正規労働者とでは「おなじ仕事」をしながら格差が大きく、それをいかに少なくするかが課題だ、と当然のように議論していた。また、b.大学のキャリアセンタ-では就職活動する学生に、とにかく正規に就職せよ、非正規はさけよ、ときめつけるところも少なくないようだ。その理由はいったん非正規になると、正規労働者の有利なキャリアに替わることができないから、という。日本は「終身雇用」、最初にいいキャリアにのらないと、永久によい仕事につけない、そうした旧式な日本の制度がかわるまでは、とにかく正規労働者として就職せよ、というメッセージになろう。

もしこのa,bがともに事実であるならば、世界で競争する日本企業はすべて、大半を非正規労働者として雇用するだろう。正規労働者を雇用する企業は競争に敗れて破産し、その従業員は正規もふくめ全員職を失うであろう。なぜなら、同じ仕事を同じ効率で、しかもより安くこなす労働者がいるならば、そうした人を雇用せずにわざわざ賃金の高い正規労働者を雇う企業は負けるにきまっている。それが競争というものだ。

つまり通念aの誤りは、いったい非正規は、正規社員のだれと「おなじ仕事」をしているのか、それをまったく見ないことにある。一挙にふるい話題になるが、わたくしは大昔名古屋大学につとめており、トヨタの組合のいわば顧問であった。そのとき正規労働者の組合員からいわれたことは、このごろ非正規の賃金があがり、30歳ごろまでは非正規の方が高い、それをなんとか直すように、と話してくれというのであった。実際、わたくしがみたところ、ほぼ20歳代の半ばまでは、非正規、トヨタであれば期間工の賃金の方が正規労働者の賃金より高い。人手がひっ迫すると、非正規の賃金がぐんぐんあがり、その交点が30歳くらいになるのであった。その理由はキャリアデザイン学会の会員ならば、容易に推察できよう。正規は経験をつむとよりむつかしい仕事へと昇格していくキャリアがあるのにたいし、非正規はさしあたりそうしたキャリアがないからだ。

それでは通念bはどうか。よりよいキャリアほど、つまり将来かなり高度な仕事をこなすよう求められているばあいほど、それをこなす人材の見極めが重要となる。ある大企業の数万の個人キャリア資料を分析したていねいな米の研究によれば、それには企業で10年なりかなりの期間働いてもらわねば、なかなかわかりにくい、という。まことにもっともではないか。それを、1社あたり長くてのべ数時間の、応接室での問答で見当をつけるのが新卒採用方式である。もちろんそれでもよい。だが、そのあやしさはいうまでもない。受けるほうはその企業の職場の仕事をほとんどなにも知らない。インターンはお客様あつかいの、ほんの数週間の「見学」で、いったいなにがわるのだろう。米のインターンはわたくしが教えた米の院生たちではほぼ3、4カ月におよんだ。それでも、もちろんキャリアの高度な仕事を知るのはむつかしかろう。

ではどうしたらよいか。非正規で入職し正規労働者とおなじ職場で働いてみることだ。そうすると、自分のつく仕事は簡単でも、おなじ職場にはかなり面倒な、たとえば海外各地の工場の人事問題の処理などという課題が山積していることがわかる。雇用するほうも2,3週間ではなく、1,2年働けば、その人の人柄、将来面倒な仕事をこなせそうか、などがすこしは見当がつく。すなわちいわゆるミスマッチが減る。それはわたくしが瞥見した米の大学卒の採用方式でもある。新卒正規採用ももちろんあるが、かなりが非正規で下積みの仕事に入り、そのあと一歩一歩昇格していく。こうした方式は日本でもすでに生産職場ではむしろふつうであろう。非正規から正規への昇格の途を大卒にも大いに整備することではないだろうか。