2008年9月に始まったアメリカ発の金融危機とそれにともなう世界同時不況のあおりを受けて、多くの日本企業は急速に雇用を縮小した。正社員の削減にまで踏み込むところはまだ少数だが、派遣社員や期間従業員といった期間の定めのある雇用形態で働いている人たちが職を失い、大きな社会問題になっている。
需要が減ってきたときに労働投入を減らすのは通常の経営判断である。これまでの日本企業は、まず残業時間の削減を行い、それを超えて需要が減少すると非正社員の削減に移行すると言われてきた。しかし、2008年秋以降の状況は、一方で長時間労働の正社員がおり、他方で雇用の場を失う派遣労働者たちがいるという、これまでとは少し異なる構図になっている。
もちろん、労働時間と雇用の関係を単純な数あわせで議論できないことは事実である。長時間労働になっている正社員は、他の人では代替できないような仕事を任されており、人を増やしたからといって、その人の長時間労働が解消されるものではないからである。しかし、雇われて仕事をしているのだから、他の人で代替できないような仕事のさせ方をしていること自体が問題である。もし、その担当者が交通事故にあって数カ月出てこられなくなったらどうするのだろうか。100パーセントは無理としても、ある程度代替できる人材を育てておかなければ、企業は大きなリスクを負うことになる。
需要の減少に呼応して削減される非正社員たちは、他の人で十分代替できるような仕事をしている人たちである。その人がいなくなっても、別の人を連れてくれば十分に対応できる程度の仕事しかしていない人たちである。
ただ、派遣社員が削減されるといっても、一律に全員が職を失うわけではない。派遣技術者のように、他の人では代替が難しいような仕事を担当している派遣社員は、正社員と同じくらいの雇用保障を受けている。非正社員だから雇用が不安定だとは言い切れないのは、このような事情による。
2008年秋以来の雇用動向を見ていると、企業が必要とする能力を持っていることがいかに大切かがわかる。では、どうすれば企業が必要とする人材になることができるだろうか。正社員であれば、企業が用意する能力育成プログラムに従っていけば、ある程度高い能力を身につけることができる。しかし、企業は、非正社員に対する体系的な能力育成プログラムを持っていない場合が多い。非正社員は、自分で自分の能力を高める努力をしなければならない。
そこで問題になるのが、何をすれば能力向上につながるのかである。資格を取得するために専門学校に通うことや、大学や大学院に行き直して、もう一度学ぶことが考えられる。それも一つの手段でだが、闇雲に資格を取っても、就職できるとは限らない。学校で学ぶことは意義があるが、それだけで能力が高まるとは言えない。職業能力を高めるには、実際に仕事をしてさまざまな経験を積み重ねることがいちばんである。つらい体験ほど、後になって役に立つ。
派遣社員や期間従業員として働くとき、職場管理職に働きかけて、より難しい仕事に挑戦させてもらうのが有力な方法である。職場管理職は、手が足りなくて困っている。正社員の数が抑えられ、要員不足が生じている中で、非正社員を使って職場の課題を達成していかなければならない。非正社員が期待以上の役割を果たしてくれるのなら、喜ばれこそすれ、邪魔に思われることはない。「そんなに高度な仕事を担当するほど賃金をもらっていない」などと言ってはならない。自分自身の能力を高めるいい機会になるのだから、ありがたいと思った方がいい。そのような態度で接していると、職場管理職も気持ちよく高度な仕事を任せてくれる。
非正社員は、自分で自分のキャリア管理をしなければならない。でも、一人で考えるのはたいへんだ。そこで、公的機関が用意しているキャリア相談のしくみを利用することが有効である。自分のこれまでの経験から、どの方面の能力を高めることが企業にとって魅力的な人材になれるのかを自分なりに分析してみる。それをハローワークのキャリアコンサルタントにぶつけて、意見を聴く。キャリアコンサルタントたちは、さまざまな事例を見てきているので、客観的なアドバイスをしてくれるはずだ。その上で、伸ばすべき能力の方向を見定め、企業の中で積極的に機会をとっていくのである。
ある程度経験を積んで、企業に正社員として採用されたいと思ったとき、自分の能力の見せ方が大切である。そこで、また、キャリアコンサルタントの助言を仰ぐ。企業によって求める能力に違いがあるのだから、自分の経験の中から、その企業にとって魅力的な部分を取り出し、強調する。だからこそ、応募書類は、企業ごとに作り直す必要があるのである。
非正社員だからといって悲観する必要はない。その気になってさがせば、能力開発の機会は、自分の周りにいくらでもある。その機会をうまく拾い集めて、自分自身の魅力を高めることに使えるか否かは、非正社員自身の自覚にかかっている。