長い人生を展望したキャリアデザインが必要な時代へ
2009年6月、新聞報道によると日本女性の平均寿命は約86歳、なんと日本女性の寿命が世界一になったそうである。また、男性の平均寿命は約80歳、これは必ずしも女性のように世界一ではないが、先進国の中で日本は男女共に世界でも長寿の国であることが広く知られている。こうした長寿な私達は、これからの長い人生をいかに豊かに自分らしく健康で楽しく生きるかというテーマが、だれにとっても共通の課題として現在与えられているといっても過言ではないだろう。すなわち、自分の生涯に渡るライフキャリアを、少し余裕をもって長く見積もり、約90歳頃までを一応の目安として、いかにキャリアデザインをするかが問われているとも言える。
しかし、自分自身を含め身近な人達のことを考えても、日々の暮らしに毎日慌しく追われ、また、目の前に山積している仕事の山を片付けるのに日夜追われており、長い生涯を見通したライフキャリアデザインをする機会はなかなかない。また、実際どのようにキャリアデザインしたらよいのかも分からないというのが実際だろう。そのため、ある日気づくと40歳になり、また、ある日気づくと定年の60歳を迎えるということが現実である。確かに年齢を重ねる毎に、感じる時間経過のスピード感覚はますます速まり、10年が5年、5年が1年ほどの短い長さに感じられるようになるのが一般的である。
こうした、時代背景を踏まえて大切なことは、やはりたとえそれが仮のデザインであったとしても、長い生涯を展望して自分がこれから歩む方向性、すなわち、自分らしい働き方・生き方のグランドデザイン、グランドビジョンを持っている人と、まったく持っていない人では、今後の5年後、10年後の迎え方は、必ず異なるのではないかと考えられる。
発達は安定と不安定を繰り返す
人間の発達は一般的に安定と不安定を繰り返しながら発達する。キャリアもまた然りである。右肩上がりに成長・発達し、自らもキャリアの中での達成感、充足感を得、自己効力感や肯定的な自己概念を得られる時期もある。しかし、これが安定して必ずしも長続きするとは限らない。経済環境の大きな変化とともに、不況の荒波にさらされ不安定となる企業と同様、人間の発達も環境の変化に伴い、また、内面的な自己の変化に伴い、精神的に不安定となることがある。すなわち、人間は安定と不安定をキャリアステージ毎に時折繰り返しながら発達するのである。
しかし、発達上の不安定というのはネガテイブな概念として捉えられることが多いのではないだろうか。不安定期には、安定期にはない不安感、葛藤、苦しみなどのキャリアストレスが表出化しやすい。そして、「果たして、自分はこのままで良いのか」「このまま流されていてはいけない、再度、自分を立てなおさないと」「これから、自分はどの方向へ進んでいったらよいのだろうか」など、無意識のうちに沸き起こる内的不安に駆られる。
しかし、こうした不安定期に大きく内的に揺さぶりをかけられることによって、人は初めて自分自身とじっくり対峙し、内面を見つめなおし、キャリアを再設計する機会を得ることもできる。すなわち、こうした不安定期が発達の過程には存在しているからこそ、人はキャリアデザインを再度試み、自分を立てなおす。キャリア形成にとってこうした「危機は好機」として機能すると言える。こうしてキャリア再設計の後には、再び安定期が訪れるが、こうして迎える安定期は、その前の不安定期を経ることによって、以前の安定期よりもさらに安定度が質的に向上し、人としての成熟を図ることも可能である。不安定期はむしろキャリア発達上において重要な役割を果たす意味ある期間と言えよう。
こうした不安定期には、キャリアカウンセリングが必要であり、カウンセラーのサポートを受けることによって、さらに自己理解を深めることが可能となる。カウンセリングを通して、自らへの「気づき」の中で今後のキャリアの方向性、キャリアデザインを明確にすることが必ずできるだろう。このようにキャリア選択の岐路に立った時には、複数の選択肢を前にして、迷い・葛藤することは誰にとっても当然のことである。そして、こうした時期にはややもすると多くの選択肢を前に自己を見失うことも多い。カウンセラーにありのまま話すことによって、その過程で自分を客観的に見直し、深く認識し、助言や指導を受けることによって、キャリアデザインを可能とするだろう。
人生90年時代のライフキャリアデザイン
今や人生を約90年程度に考え、誰もがライフキャリアの今後の歩みとその設計図をラフにであっても描くことが必要である。単なる組織内のキャリアを考えるだけに留まらず、長い生涯を通したキャリアデザインが必要な時代である。定年を60歳と考えても、その後も30年の長い日々が我々を待っている。もし自分から仕事をすべて取り去った時、仕事以外に自分には何が残るのか、若い時からよく考えておく必要があるだろう。
すなわち、自分を語るものには仕事以外に何があるのかを考えておくことである。キャリアはまさに個人の「アイデンティの核」になるものであり、「自分とは何か」を最も表すものに他ならない。しかし、いつか必ず組織には出口が存在しており、仕事から解放される。こうした組織からどのような出かたをするのか、出た後には何が残っているのか、何が待ち受けているのか、周到な準備を組織内にいる時から怠らないことが必要であろう。「余生」というには余りにも長過ぎる時間が、我々を待ち構えているからである。
今、定年後のアルコール依存が増加している。さしたるライフキャリアデザインもなく、ある日突然定年とともに核となるアイデンティティを失い、その結果、空しさを埋めるためアルコールに依存するようなことにならないことが大切である。会社における役職、職務、名刺などは、会社からの一時的な借り物に過ぎない。定年と同時にすべて返却し、素の自分自身に戻った時、人は何を通して自分を語るのであろうか。これこそキャリアデザインの重要点である。生涯を展望したキャリアデザインが求められる所以はこのあたりにあるのではないだろうか。誰もがQOLを求めている。いよいよ最期を迎えて「よい人生であった」と、これまでを振り返ることができるようにしたいものである。キャリアは必ずしも青年期に決まらない。「キャリアは生涯を通して発達し変化する」ということを、大切に心に留めておきたいものである。