私のキャリアデザイン

「「点」からキャリアデザインが生まれる」
町田市立町田第一中学校 主幹教諭
日本大学大学院 総合社会情報研究科 博士後期課程

山田 智之
「「点」からキャリアデザインが生まれる」

芸術理論から考えるキャリアデザイン
近年、キャリアに関わる様々な研究がされるようになり、キャリアデザインという言葉をよく耳にするようになった。この言葉の意味を考える時、音楽を絵画で表現した画家として知られるKandinsky (1926 西田訳1959)の『点・線・面抽象芸術の基礎』という芸術理論をあてはめるとわかりやすくなる。

キャリアデザインという言葉の中の、キャリア (career) の語源は、「道」「轍」などを意味するラテン語のcarrariaであり、これが「競技場などのトラック」や「車輪」などを意味するフランス語のcarriereを経て英語のcareerになる。そして、現在では「生き方」や「仕事の経験」、「人生」そのものを意味する言葉として解されるようになった。一方、デザイン (design) の語源は、素描を意味するデッサン (dessin) と同じく「計画や記号」という意味のラテン語designareであり、現在では、思考や概念を組み立て、様々な媒体によって表現することと解されている。広辞苑でデザイン(design)という言葉調べると①下絵・素描・図案、②意匠計画・生活に必要な製品を制作するにあたりその性質・機能・技術および美的造形性などの諸要素と、生活・消費面からの各種の要求を検討し調整する総合的造形計画と記載されている。

Kandinsky (1926 西田訳1959) は、「点から、新しい存在が生まれる。」とし、線を「自己固有の法則にしたがうところの一つの存在」と定義している。そして、「十分に習熟していない眼(このことは、心とも有機的な関連がある)が、奥行きを感じることができないのは、その眼が、空間を捉えるために、物質的平面から自己を開放することができぬゆえんであろう。これに反して、適切に訓練された眼は、作品にとって必要な平面を平面としてみると同時に、平面が空間形態を取る場合には平面から眼を転じるという二様の能力を具備しているにちがいない。」と考え、物体を多角的にとらえることの重要性を示唆している。

このことからキャリアデザインを、自分の人生という作品を描くための下絵と考えると、「点」はキャリアデザインの出発点であり、「線」はキャリアデザインの方向性、「面」はキャリアデザインの広がりと考えることができる。

「点」から生まれるキャリアデザイン
キャリアデザインにとっての「点」とは何か。それは、学校・職場。家庭・地域の中での様々な出来事がら生じた経験、個々の人間の能力や適正などと考えられる。

この「点」に、計画された偶発性理論 (Planned Happenstance Theory)[i](Mitchell, Levin, & Krumboltz,1999) をあてはめて考えると、計画的な「点」と偶発的な「点」の両方が存在することが浮かび上がってくる。計画的な「点」とは、学校教育などによって計画的に与えられた経験や育まれた能力などであり、偶発的な「点」とは、予期せぬ人との出会いや偶発的な出来事などから生じた経験や知り得た知識などである。

このような2つの異なるタイプの「点」は、計画的な「点」だけでは、秩序だってはいるものの力強さに欠け、偶発的な「点」だけでは、変化には富むものの秩序に欠けるキャリアデザインを生んでしまう危険がある。すなわち、変化と秩序に富んだ力強い調和のとれたキャリアデザインを描くためには、計画的な「点」と偶発的な「点」の両方が必要となる。

しかし、点が点として存在するだけではデザインにならない。一つ一つの点が結びついて線が生まれた時にキャリアデザインの方向性が見えてくる。そして、細さや太さ、長短、緊張の力など形態としての多様性を持った線が結びついて面を形づくり、一人一人のキャリアデザインが創造されるのである。

勿論、点の数が多いほどキャリアデザインの自由度が増すことは言うまでもない。人は、この点をできる限り増やす努力をすることが大切である。そして、学校・職場・家庭・地域は、個々の人間が点の数をできるかぎり増やすことができるように、さまざまな手立てを考え支援することが重要となる。

キャリアデザインをする力を育む
文部科学省 (2004) によって、発達段階に応じたキャリア教育を推進することの必要性が示され、キャリア教育という言葉が一般的になった。そして今日、学校や企業を中心に様々なキャリア教育の取り組みが行われている。

キャリア教育を推進する上で、忘れてならないことは、キャリア教育は「点」をうつことを目的とした教育ではないということである。キャリア教育とは「点」の見極め方や打ち方を教え、「線」を描く方法を考えさせ、「面」を認識する目を育む教育である。すなわち、キャリア教育とは、キャリアデザインをする力を育む教育なのである。

このようなキャリア教育を推進する上で「点から、新しい存在が生まれる(Kandinsky, 1926 西田訳1959)」という芸術理論は、様々な示唆を与えてくれる。

引用文献
Kandinsky, W. (1926). Punkt und Linie zu Fldche, Munchen Albert Langen
(西田秀穂訳 1959:カンディンスキー『点・線・面抽象芸術の基礎』美術出版社)
Mitchell, K. E., Levin, A. S., & Krumboltz, J. D. (1999)Planned happenstance: Constructing unexpected careeropportunities. Journal of Counseling and Development, 77, 115-124.
文部科学省 2004 キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書『児童生徒一人一人の勤労観・職業観を育てるために』文部科学省

—————
[i]Mitchell, Levin, & Krumboltz (1999) によって提唱された理論:キャリア形成は、予期せぬ偶然によって左右されるが、予期せぬ出来事を避けるのではなく、最大限に利用・活用して自身のキャリア形成に役立てることの大切さを指摘した理論。