私のキャリアデザイン

「大学初年次におけるキャリア教育の理念と実践」
町田市立町田第一中学校 主幹教諭
亜細亜大学経済学部准教授

宇佐見 義尚
「大学初年次におけるキャリア教育の理念と実践」

大学は、就職の予備校!?
わが国で大学への進学率が50%を超えて久しく、多くの大学の在学生は18から22歳までの年齢層で占められています。こうした大学が、就職の予備校的機能を果たす教育目的を持つことは、むしろ当然の義務であり、責任であるといっても過言ではありません。学生に「就職できるまでの総合的な能力」を身に着けさせること、この一点こそがこうした大学の教育目的そのものであってもなんの不都合もないのではないでしょうか。大学を卒業しても、その学生がどこにも就職できないような未熟な人格と稚拙な技能のままであるならば、それは大学教育の失敗でしかありません。こうした意味で、日本の多くの大学では、どのような専門、専攻であっても、最終的には就職に結びつく、総合的な人間力を育むキャリア教育の体系に統合されたカリキュラムになっていなければならないはずです。卒業して二十年後三十年後に役に立つことを学ぶのが大学であるという大学教育論は、22歳で卒業して何らかの職に就きたいと願う学生にとってはもはや犯罪的です。

しかし、就職予備校としての大学機能は、そこに学ぶ18-22歳の年齢層の学生、あるいは年齢を問わず何らかの具体的な職業に就く目的を持った学生に対してのみに当てはまることで、勿論、大学は、就職に囚われずに自由に真理の探究が出来る教育機能をも合わせて持つべき機関であることは言うまでもありません。本来、大学は、幅の広い年齢層が、知的好奇心の赴くままに自由に学び探究する場所であったはずですから、大学の持つそうしたロマンも決して失ってはならないことは私もまた確信するところです。

教員中心の大学教育から学生中心の大学教育へ
大学が、就職予備校としての機能を十分に果たしたいと願うならば、従来のような教員(ディシプリン)中心の教育では十分な効果を上げることは困難です。例えば、大学の経済学部では、学生も教員も経済学を学び教えるところだと信じて疑いません。その結果、教育の主人公は経済学で、学生は脇に置かれてしまいます。学生不在の大学教育が、学生にも教員にもそうなっているとは夢にも思われないまま、進行していきます。そうした大学では、学生は、「知識の主人公」ではなく、主体性を失った「知識の僕(しもべ)」に成り下がります。また、教師にしても、経済学を学生にどう教えるかに汲々として、その結果「プロクルスのベッド」よろしく、旅人(学生)をベッド(経済学)の寸法に合わせるために、ベッドからはみ出した旅人の足を切り落として(学生の成長の芽を)殺してしまうということになります。そこでは、経済学が一人ひとりの学生の人生にどのように意味づけられるのかなどのことは全くの問題外なことなのです。これが、従来の教員中心の大学経済学部教育の構図です。

しかし、教育機関としての学部教育では、本来は、そこに学ぶ個々の学生が成長していくために、学部学問(ディシプリン)があるのであって、その意味で学生にとっては、学部学問(ディシプリン)は教育の道具、手段であるに過ぎません。こうした考え方を徹底させるのが、キャリア教育の理念であり、ここに始めて大学教育における主客の転倒が起こります。すなわち、学生中心の大学教育が実現されるというわけです。

大学初年次キャリア教育としての「人生と進路選択」
私が勤務する亜細亜大学では、2002年に、「人生と進路選択」というキャリア科目を新設しました。この科目は、全学共通科目で1年次後期に配当された2単位の選択科目です。2008年度までの7年間でのべ2000人余りの履修者がありました。この科目の設置に当たっては、当初、教授会では強い反対がありました。当時、静岡大学の「就職概論」や、立教大学の「人生と仕事」が正規科目として設置されマスコミの話題になっていたときでしたが、まだ、広くは受け入れられない状況が多くの大学には強く残っていました。反対の理由は、就職は学問ではない、したがって教育の対象にはならないから正規なカリキュラム科目としては認められないというものでした。明らかに、大学教育の中心が、学生の成長や学びにあるのではなく、学問そのものにあったことを如実に示すものでした。しかし、周知のように、その後状況は一変します。大学もまた社会や時代の状況から無縁で生き残れる存在ではなくなっていたというわけです。大学進学率の高まりと大学の増設、その一方での少子化の現実が、大学の存在意義を激しく揺さぶり始めたのです。「大学あっての学生」から、「学生あっての大学」への大転換が始まったのです。何よりも一番敏感に反応したのは学生たちでした。学生たちが、自分たちの学びに役に立たない大学教育に異議を行動で示し始めたのです。それは、さまざまな形で大学の授業を襲いました。授業中の私語、うつ伏せの居眠り、代返、内職(授業内容とは無関係な読書など)、携帯メール、飲食、出入り自由、遅刻、成績不良、アルバイト重視、それらは、まさに学生の反乱にも似た現象です。こうした大学教育の危機が如実に表れ始めた転換期に、比較的早い時点で対応したのが、亜細亜大学における初年次キャリア教育を狙った「人生と進路選択」科目の設置でした。この科目は、初年次教育としての位置づけから大学で学ぶ意味を卒業後の進路と関係付けて考えさせることを狙いとしたもので当初から学生中心の大学教育を企図しておりました。この科目の特徴は、学生と教員と大学事務職員の三者の参画によって作られていること。授業の公開性を原則としていること。多人数授業であっても、学生一人ひとりと向き合った教育方法を取り入れること(「シンポジュウム授業」、「受講者の声」、授業改善学生モニター、授業運営学生ボランテアの導入など)。詳細は、授業の最初に配布される『受講者の栞』(8-12ページ)と、この授業に関する「授業報告書」でもあり、学生の「次年度テキスト」でもあり、また教員の「キャリア教育研究誌」でもある冊子『大学教育と進路選択』(80-100ページ)の刊行によって、積み重ねられて今日に至っています。2008年度で7年目を終え、6年目の『報告書』が刊行されましたが、そこに掲載された受講者の声の一部をここに紹介いたします。

「今日の授業を受けて、自分の心の中でモヤモヤしていた将来への不安や今何をすればいいのかなど、色々な問題を今後の授業で解決してくれるのではないかと大きな期待を持つことが出来ました。この授業をきっかけにもっと自分を磨いていきたいと思います」「今まで受けてきた授業とは全く違い、一つのものを学生と教授が一体となって作っていくということに感銘を受けました。自分は今までただ出席してノートをとるという受身の授業を受けていたからです。しかし、U先生のこの授業を聞いてこのままではだめだと気づき、積極的に発言していこうと考えられるようになりました。授業には真剣に取り組んで意識を高め、向上心を持って自分の将来を考えていきたいです。毎回授業に出席して社会に出たときに社会人としての最低限のマナーも学べていけたらと思います。」「久しぶりに面白い授業に出会えたと思った。先生の熱さは、とても心に響くものがあると思う。プロジェクターを使い、多くのプリントを配布することで、云いたいことが明確に伝わってくると感じた。最近、授業自体が知識のみを伝えるだけだと感じていたので、とても良く自分自身の意識の改善にもなった。」(21ページ)。「半年間この授業を通して就職に関する様々なことを理解できたように思う。それらのことを単に考えるだけではなく真剣にあるいは覚悟をして就職という問題に立ち向かわなくてはならないのだと改めて実感した。まだ1年生だけれども、自分の将来のことを早めに真剣に考えていこうと思った。」「この授業を受けて得たものはさまざまであるが全てに意味があり、興味深いものであった。やはり就職に対する意識が高まったことが一番であろう。最初は「人生」というものを全て就職で決め付けてしまうことに反感を覚えたが、授業のたびに色々なことが聞けて、受講して本当に良かったと思っている。企業側がどのようなことを考えて私たちを見ているか、具体的な数字でフリーターと正規社員の違いを検証したり、女性の社会における立場、私たちが社会に出るために今から必要とされること。漠然とした正体の分からない社会という新世界への恐怖。しかし、授業を通して知識を得て立ち向かう気になれたことが本当に素晴らしいと思えた。」(27ページ)