私のキャリアデザイン

「旅の世界から、キャリアデザインを考える」
レジャー・サービス産業労働開発センター 事務局長

内藤 義治
「旅の世界から、キャリアデザインを考える」

かわいい子には旅をさせよ
「かわいい子には旅をさせよ」とは余りに有名な故事だが、厳しい人生に例えれらた、危険と苦難の連続とも言うべき旅の姿も随分と様変わりしている。むろん厳しい試練だけでなく、その先にある喜びや感動も同様だ。

インターネット、テレビ、トレンディ雑誌等を通じた旅や観光情報、そして旅を誘発する様々な映像など、実際に旅を体験する前に目や耳にしてしまう予備情 報は日常に溢れている。また、何を苦難と感じるか、あるいは何を美しいと感じたり新鮮と感じるかは、時代や個々の生活環境と共に変化するし、蘇りもする。 それらの基準に絶対値など存在しない。いつの時代も、自分の住む場所を離れ他所へ赴くという旅の表面的な姿に変わりはないものの、旅人の持つ情報や知識の 質や量によって、中身が多様化するのは当然だ。

しかし、その現実はどうだろう。受け止め方の問題ではあるが、ある意味では「子」であれ「大人」であれ、苦難や意外性に遭遇することが困難な時代でもあ る、と私は感じる。便利さが優先される情報・サービス社会の一つの側面であろう。観光産業に身を置く私が言うのも皮肉な話であるが、「慣行」化させてし まった「観光」を、「感光」「感幸」といった原点に戻すことは、ある意味で「脱産業化」であり、業界人にとっては苦難なのである。そして、唐突だが、私は “キャリアデザイン”に、このような旅と人生の関わりをイメージして考えてしまう。

“たび”の効用
「旅(たび)」の語源には諸説あるが、「他火」や「給/賜(たべ)」(柳田國男)は通説の一つ。そこには、思い悩んだ時に他者の一言や他所の火(光)に励 まされたり、反省したり、触発されるといった意味が込められている。

昨今、若者の間では元プロサッカー選手の中田英寿が自身のブログで語った「人生とは旅 であり、旅とは人生である」が大いなる共感を呼んだ(中田が考え出した言葉であると思い込んでいる学生が多いのは情けないが…)。「多くの苦難やファンの 支援が糧となった」──一つの道で大成し、新たなステージへと旅立つ中田にロマンを感じるのはわかる。

しかし、そうした経験を重ねる前に“自分探し”な る一人旅(転職)に出かけてしまう者も多いのではないか。もちろん、経験を積むことの出来ない=先が見えてしまう仕事環境にも問題は大いにあるだろう。い ずれにせよ、「他火」や「給/賜」は計画的に獲得できるものではなく、むしろ後から気付いたり、偶然に出くわすものが多い。

そういった一見非効率的な機会 を大切にし、またその機会を活かす応用力を身につけることこそ旅の効用である、と私は思う。本テーマに沿えば、私はキャリアに対して、“デザイン”する (させる)ことよりも、“チェンジ”“アプライ”できる応用力を養う(支援する)ことが肝要であると感じている。

キャリア形成に近道はない
さて、最後にもう少し具体的な事例を通じて、職業人のキャリア形成について考えてみたい。

観光(ホテル)の世界から、日本では今や異業種においてブームともなっている職種に「コンシェルジュ」がある。豊富な専門知識をもとにお客の買物のお手 伝いをする、といったイメージが強いかもしれない。

しかし、欧米のホテルを舞台とした本来の「コンシェルジュ」を訪れる人の要求は多種多様だ。周辺の観光 案内はもとより、入手困難なチケット、食事場所の推薦・手配など、ホテル内で提供するサービスより、むしろそこを拠点に行動するゲストへの“よろず相談 (わがまま)承り”が中心となる。文字通り経験や人脈がモノをいう職人であるが、専門知識というより、人間に対する好奇心・寛容性・責任感がキーとなるだ ろう。

しかし経験といっても、一人の人間が応対するゲストの数にも、また遭遇するトラブルのバリエーションにも限りがある。だからこそ、彼らは日常の情報 交換を怠らない。例えば、あのことだったら業界内外の誰それが詳しい(経験豊富、パートナーとしてふさわしい)といったネットワークを築き、そこから得ら れた情報がいつしか自分の知識となり、経験へと進化していくのだ。

旅や人生と同様、職業人のキャリアにはトラブルが付き物である。それらを乗り越える本人の志や努力の必要性は言わずものだが、「他火」や「給/賜」に遭 遇できる機会を疎かにしては(させては)ならない。他を知り、それを自分のフィールドに置き換える──自らのキャリアへ“アプライ”させるも、また“チェ ンジ”するにも近道はない、と私は思う。やはり「かわいい子(自分)には、旅をさせよ」なのである。

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