主体的にキャリアを構築する
私がキャリアデザイン、キャリア自律という言葉に出会いそれに向き合うようになったのは、2002年に勤務先のNECで従業員へのキャリア支援施策である「ライフタイムキャリア・サポート施策」の立ち上げに携わり、キャリアアドバイザーとして従業員のキャリア自律支援を担うようになった時です。
当時、経済停滞と構造不況、技術革新の進展、グローバル競争の激化など大きな環境変化の中で、エンプロイアビリティが強調されるようになり、社員は会社に依存するのではなく、自らのキャリアを主体的に計画し実行するキャリアデザイン、自己責任において自律的にキャリアを形成するキャリア自律が求められるようになりました。私は、その数年前からコンピュータ事業の構造改革の中で人事担当として多くの従業員の人材シフトやHW技術者からSW技術者・システムエンジニアへの職種転換に携わっていましたが、慶應義塾大学の高橋俊介先生が「キャリアショック」という書籍で述べられていた自分のキャリアが予期しない環境や状況の変化により短期間のうちに崩壊してしまうということがまさに起こっていることを実感していました。
このような環境変化の中で、キャリアデザイン、キャリア自律が求められるようになったものの、それまでは、多くの人にとっては、就職後は会社主導で配属・仕事が決められ、教育訓練を受け、人事ローテーションや異動によりキャリアが形成されてきたのですから、キャリアデザインをせよ、キャリア自律せよと言われてもどうすればいいのかわからないというのが実態だったのではないでしょうか。さらに、変化の時代には、自分の将来像を明確に描くことは不可能であり、キャリア構築は予定通りには行かない、予期せぬ出来事が個人のキャリアを左右し、キャリアの80% は偶然に支配されているとも言われており、キャリアをデザインしそれを実現することの難しさがあります。
しかし、以前のような標準とされるような生き方やキャリアから、現在は様々な生き方、働き方、キャリア、多くの選択肢がある時代となっています。さらに人生100年時代、長期にわたるライフキャリアを歩んでいくことになります。このような時代であるからこそ、自らのキャリアを主体的に構築するためにキャリアデザインが必要になっていると言えるのではないでしょうか。
私のキャリアを振り返ってみると、私自身、自分のキャリアをデザインし、自律的にキャリアを構築してきたとは決して言えないと思っています。就職は、海外に行ったこともなければ英語が得意ということでもないのに、ただ、発展途上国の役に立ちたい、グローバルな仕事をしたいとの思いだけで、多くの発展途上国に通信プラント・機器を輸出していたNECに就職しました。初任配属は希望の海外営業部門でしたが、入社5年目で思いもしなかった人事部門に異動、その後は3年から5年毎に異動し、工場、米国法人、本社、関係会社、事業部門の人事で経験を積み上げてきました。まさに会社主導のキャリア形成であり会社に育てられてきたと言えます。ただし、与えられた仕事・機会・キャリアではありましたが、仕事には主体的に取り組み、専門性を高め、やりがいを感じていたと思います。
大きな転機となったのは、最初に述べた2002年のキャリアアドバイザーへの異動です。自分としては事業部門の人事の仕事に強くやりがいを感じており、人事の第一線で活躍していくものと思っていたため、まさに予期せぬ異動でした。その頃、外資系企業の人事責任者への転職の話もあり、今後のキャリアについて真剣に考えるきっかけとなりました。当時キャリア研修のファシリテーションも担当し、皆さんにキャリアデザインの重要性や取り組み方についてお伝えしていましたが、この時に私自身もキャリアデザインに取り組んでみました。自分のキャリアを振り返り、今後のキャリアのありたい姿を描き、目標とアクションプランニング、実践と振り返り、修正・見直しを繰り返しました。この時のキャリアデザインが、その後のキャリア支援のプロフェッショナルとしての成長、筑波大学社会人大学院の修士・博士課程への進学と研究者としてのキャリア構築に繋がったと思っています。また、キャリアデザインを実践する中で、多くの先生、先輩、仲間との出会いがあり、刺激を受け支援をいただきましたが、特に慶應義塾大学の花田光世先生、筑波大学の岡田昌毅先生からご指導・ご支援をいただけたことが、現在のキャリア支援者・キャリア研究者としてのキャリアに大きな影響があったと大変感謝しています。まさにキャリアは多くの人々との関わりと支援の中で構築されていくものだと実感しています。
キャリア自律:キャリア支援の実践と研究から
キャリアアドバイザーとして多くの方々のキャリア形成支援に携わる中で、キャリア自律とは何か、キャリア自律することでどのような影響があるのか、そもそも個人のキャリア自律はどのように促進されるのかについて研究してきました。キャリア自律は「自己認識と自己の価値観、自らのキャリアを主体的に形成する意識をもとに(心理的要因)、環境変化に適応しながら、主体的に行動し、継続的にキャリア開発に取り組んでいること(キャリア自律行動)」と言えますが、キャリア自律の心理的要因としては職業的自己イメージの明確さ、主体的キャリア形成意欲、キャリアの自己責任自覚の3つ、キャリア自律行動としては仕事への主体的取り組み、継続的な学習、環境変化への適応行動、ネットワーキング行動の4つからなることが明らかになりました。
キャリア自律は個人にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。これまでのキャリア支援の実践と研究から、キャリア自律が仕事充実感(仕事の意義ややりがいを感じている)や、キャリア評価と展望(これまでのキャリアに対する満足感・肯定的評価と今後のキャリアに対する明るい展望)などキャリア充実感を高めることが示されています。またキャリア自律は心理的Well-being(自己の生に対する有意味さの感覚で、自分が成長している、人生に対する目標がある、自己決定できている、暖かく信頼できる他者関係を築いているなど、人生全般に対するポジティブな心理的機能)を高めることも示されています。法政大学の石山恒貴教授の研究では、キャリア自律がワーク・エンゲイジメントを高めることも示されています。このようにキャリア自律は一人ひとりの充実した仕事生活とキャリア構築、さらには人生全般に対するウェルビーイングを高めることが示されています。
では、どうすればキャリア自律できるのでしょうか。キャリア自律のためには自分の職業的自己イメージを明確にすることが極めて重要であることがわかっています。職業的自己イメージを明確にするには、これまでのキャリアや仕事経験を振り返り内省する機会を意識的にもち、自己の価値観や興味への気づきや自己理解を深めることが有効といわれています。そして主体的キャリア形成意欲を持ち、キャリア自律行動に継続的に取り組み習慣化することが重要だと言えます。慶應義塾大学の花田名誉教授は、自分自身を継続的にモチベートし、自分の意志をベースに主体的に行動し、チャンスを能動的にとらえ、事態を切り開くことがキャリア自律にとって極めて重要だと指摘しています。
また、キャリア自律は、上司や社内外の人間関係からの支援や刺激によって促進されることが明らかになっています。そのためには、自ら上司や職場関係者との積極的は関係を構築し支援を受けることや、社内外の人的ネットワークを開拓・維持することも大事ではないでしょうか。