キャリアデザインマガジン 第96号

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□    キャリアデザインマガジン 第96号 平成22年6月7日発行
     日本キャリアデザイン学会 http://www.career-design.org/

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 「キャリアデザインマガジン」は、キャリアに関心のある人が楽しく読める
情報誌をめざして、日本キャリアデザイン学会がお送りするオフィシャル・
メールマガジンです。会員以外の方にもご購読いただけます。
 ※等幅フォントでごらんください。文中敬称略。

□ 目 次 □———————————————————–

1 私が読んだキャリアの1冊(1)
   鶴光太郎・樋口美雄・水町勇一郎編『労働時間改革』
2 私が読んだキャリアの1冊(2)
   牛越博文『医療経済学入門』
3 キャリアイベント情報

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【学会からのおしらせ】

◆日本キャリアデザイン学会第7回研究大会のテーマが決定しました。

 大会テーマ 「 キャリア・ルネサンス ―逆境からの挑戦― 」

 日 程 2010年10月23日(土)・24日(日)
 会 場 神戸学院大学
     〒650-8586 神戸市中央区港島1-1-3

◆東京地区2010年度第3回研究会が開催されます。

 日 時 2010年6月26日(土) 13:00~15:00 ※12:30開場
 テーマ 教育の職業的意義(レリバンス)
      -若者・学校・仕事の結びつきや関係性について-
 講 師 本田 由紀(東京大学大学院教育学研究科教授)
 参加費 会員/無料  一般/3,000円
 会 場 共立女子大学 本館 1008号室

 ※詳細は学会ホームページをごらんください。
 http://www.career-design.org/content/view/181/1/

◆関西支部2010年度第1回研究会が開催されます。

 日 時  平成22年7月24日(土)15:30~18:00
 テーマ  「正社員就職とマッチング・システム
         ~ 大学生の就職とキャリアセンター」
 講 師  林 祐司(首都大学東京大学教育センター准教授)
 参加費  会員/無料 非会員/3,000円
      *なお、研究会終了後、懇親会を予定(※懇親会 3,000円程度)
 会 場  新大阪丸ビル新館 9階904会議室(大阪市東淀川区)

 ※詳細は学会ホームページをごらんください。
  http://www.career-design.org/content/view/179/41/

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1 私が読んだキャリアの1冊(1)

 『労働時間改革-日本の働き方をいかに変えるか』
      鶴光太郎・樋口美雄・水町勇一郎編著 日本評論社 2010.3.25

 2002年に厚生労働省が打ち出した「少子化対策プラスワン」は、その具体策
の第一に「男性も含めた働き方の見直し」を掲げ、「少子化の背景にある「家
庭よりも仕事を優先する」というこれまでの働き方を見直し、男性を含めた全
ての人が、仕事時間と生活時間のバランスがとれる多様な働き方を選択できる
ようにする」ことを主張した。2006年版の「厚生労働白書」は、「持続可能な
社会保障制度と支え合いの循環~「地域」への参加と「働き方」の見直し~」
を副題とした。こんにち、少子化対策をはじめ、ワークライフバランスや地域
活動への参加、あるいは長時間労働にともなう健康問題の防止といったさまざ
まな観点から「働き方の見直し」が繰り返し主張されている。

 しかし、その進捗ははかばかしくないのが実態だ。たとえば、少子化対策プ
ラスワンは「男性の育児休業取得率10%」を目玉として打ち出したが、2008年
の実績は1.23%にとどまり、2007年の「仕事と生活の調和推進のための行動指
針」ではその達成を10年後の2017年としている。「働き方」は単に労働者個人
や職場、あるいは企業の問題にとどまらず、わが国の雇用システム、ひいては
社会システムと密接につながっているところに、この問題の難しさがある。

 この本は、独立行政法人経済産業研究所が実施した政策シンポジウム「労働
時間改革・日本の働き方をいかに変えるか」の成果を中心にまとめられたもの
だという。働き方・労働時間のあり方は、雇用システム全体の問題として捉え
直す必要があるとの問題意識のもとに、法学・経済学・経営学・社会学の専門
家による学際的な内容となっている。第1章ではシンポジウムを主導した鶴光
太郎氏による総論であり、わが国の労働時間の実態と労働時間規制の特徴をふ
まえた今後の方向性が示される。第2章、第3章、第4章、第6章、第7章は
経済学者によるもので、それぞれ行政による労働時間への介入の正当性、労働
時間短縮政策導入前後の労働時間の変化、過剰就業とワークライフコンフリク
トの関係、ホワイトカラー・エグゼンプションの働き方への影響、ワークシェ
アリングの実現可能性について経済学の立場から検討・検証される。途中の第
5章では、労働時間が長くなったと認識した人とその職場の特徴を経営学の立
場から述べる。第8章から第10章までは労働法学者によるもので、それぞれ労
働時間法制全般の課題と方向性、ホワイトカラーの労働時間制度が検討され、
最終の第10章では国立大学法人化にあたって労働法学者自身が実務を担当した
経験が紹介されている。

 今日的なテーマも幅広くカバーし、最新の研究成果にもとづく知見も多く含
まれていて、労働時間問題を全般的に理解するには好適な本であり、関心のあ
る人にはお薦めしたい。

 そのいっぽうで、この問題の困難さをあたらめて感じさせる本でもある。第
1章で少し触れられているが、この本を読み進めるにつれ、労働時間や働き方
が「長期雇用」などのわが国の雇用システムにとどまらず、「専業主婦モデ
ル」「企業福祉」といった社会システムや、あるいは「努力に応じて報われる
ことが正義」といった価値観に深く結びついていることに思いが至る。それゆ
え、法律によって直接的に規制して働き方を変えさせようとの試みは、おそら
く成果をあげないだろう(もちろん、健康被害防止のための法規制などは必要
だが)。働き方を見直せば「得になる」というインセンティブをうまく付与す
れば一定の成果が得られようが、それでも、根強く定着した価値観まで変えて
いくことは困難だろう。そこまで政策でやらなければならないのかという疑問
も当然あろう。そういう意味では、働き方の見直しが進むとすれば、それは社
会通念にとらわれない個人の自由な行動を通じてなのかもしれない。そんなこ
とを思わせる本でもある。
                        (編集委員 荻野勝彦)

 ※「私が読んだキャリアの一冊」は、執筆者による図書の紹介です。
  日本キャリアデザイン学会として当該図書を推薦するものではありません。

2 私が読んだキャリアの1冊(2)

 『医療経済学入門』
                   牛越博文著 岩波書店 2009.12.18

 平成20年3月25日に開催された参議院予算委員会公聴会でこんな一幕があっ
た。登場人物は医師である民主党の櫻井充参議院議員と、公述人として招かれ
た中林美恵子跡見学園女子大准教授の二人。ちなみに中林准教授は翌2009年の
総選挙に民主党から立候補して衆議院議員となっている。

○櫻井充君 …医療や介護の部分というのは、いたずらに抑制するのではなく
 て、やっぱり公的分野がドライブを掛けるような形にしないといけないん
 じゃないのかなと、そう思いますが、その点についてまずいかがですか。

○公述人(中林美恵子君) …社会主義体制で、すべて税金で集めたお金を産
 業の中に流し込んでいくのか、そしてそれが一番効率のいい社会の経済の在
 り方なのか、これは、言ってみれば、限りなく社会主義に近い方向になって
 いく可能性が残っていると思います。それとも、政府が税金で集めたお金を
 分配するという作業はある程度の限度にとどめておいて、その先をある程度
 自由に活性化される経済をデザインしていこうというふうに考えるのか、こ
 の辺が大きな違いになってくると思うんです。…

○櫻井充君 僕は社会主義政策、悪いと思っておりません。つまり、全部が僕
 は社会主義だと言っているわけではなくて、医療の分野は社会主義の方が効
 率的ではないのかと思っているだけの話です。…

 救急医療体制の不備、産科や麻酔科の医師不足、勤務医の過重勤務といった
問題が顕在化するいっぽうで、医療保険財政は火の車であり、わが国の医療は
危機的な状況に陥りつつあるといわれる。健康や生命はかけがえのないものだ
が、無際限に資源を投入することもできない。医療資源の適切な供給と配分を
促し、効率的な医療を実現することが急務だが、これは極めて困難な課題でも
ある。

 いっぽう、昨年(2009年)運用が始まった後期高齢者医療制度は、開始後ま
もなく「年金から保険料を天引きするのはけしからん」「ただでさえ少ない年
金がさらに減らされた」といった低次元な批判にさらされた。民主党はその廃
止を公約に掲げたが、制約の多い中で代案がそう簡単にみつかるわけもなく、
現状ではその維持を余儀なくされている。医療問題には、きわめて複雑で難し
い問題であるが、身近で大切な問題であるだけに感情的な議論に流れやすいと
いう特徴があるようだ。

 これを克服するにはどうしたらいいのだろうか。一般的に、経済活動の効率
化のためにはマーケットメカニズムが有用であり、経済学の知見を生かすこと
が必要となる。医療サービスにもマーケットは存在するが、公共性が高いだけ
でなく、需要の価格弾力性が低い、情報の非対称性が大きいなど、経済活動と
してはかなり特殊な事情が存在する。それゆえに価格(診療報酬)が公定され
ているなどの規制も多く、それが医療の効率性を損ねているとの批判もある。
こうした中で、もっとも最適な資源配分を実現する制度設計を考えていくため
には、医療マーケットのメカニズムに関する医療経済学の知見を活用すること
がきわめて重要であろう。

 この本は書名のとおり医療経済学の入門書である。第I部は医療経済学の概
説であり、概論に続いて患者・病院、地域、国レベルでの医療マーケットの理
論が、応用ミクロ経済学のテキストの常道として、まずミクロ経済学の基本的
な考え方を解説し、次いで医療の特殊性を織り込むというスタイルで記述され
る。第II章では、医療保険の概説に加えて、医療機関の資金調達について述べ
られる。第III章では、医療経済学の考え方をふまえて、今後の医療制度のあ
り方について考察される。

 この本を通読すれば、なぜ医療制度がこうなっているのか、経済学的な背景
が理解できるだろう。つまり、医療制度について科学的な議論をする上で必須
の経済学的な知識は一通り得られるということだ。医療に従事する人や、これ
から医療制度にかかわろうという人には非常に有益な一冊であると思う。

 経済学の入門書というものは、どうしても数式やグラフを頻繁に用いざるを
得ないので、入門書でありながら慣れない人には読みにくいことが多い。この
本も例外とはいかないのだが、しかし初学者でも読みやすく理解しやすいよう
にとの著者の配慮は随所で感じられる。これはおそらく、医療を科学的に議論
してほしいとの著者の切実な願いによるものだろう。多少の苦労はあるかもし
れないが、恐れず手にとってみてほしい。
                        (編集委員 荻野勝彦)

 ※「私が読んだキャリアの一冊」は、執筆者による図書の紹介です。
  日本キャリアデザイン学会として当該図書を推薦するものではありません。

3 キャリアイベント情報
  ~キャリアデザインに関係するイベントの開催予定などをご紹介します~

◆東京都労働相談情報センター男女雇用平等セミナー「経営戦略としての子育
 て世代活用術」
 平成22年6月22日(火)・25日(金) 各14:00-16:00
 於 東京都南部労政会館(東京都品川区)
 http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/seminarform/index/detail?kanri_bango=seminar-osaki-000011

◆日本労使関係研究協会 労働政策研究会議「非正規雇用をめぐる政策課題」
 平成22年6月26日(土)10:00-17:30
 於 労働政策研究・研修機構霞が関連絡事務所会議室 (東京都千代田区)
 http://www.jirra.org/kenkyu/year.html

【編集後記】

 インターネットで「キャリアラダー」を検索すると、医療機関が作成したそ
れが大量にヒットします。医療関係職、特に看護師の定着が大きな課題である
ことから、中長期的なキャリアビジョンを提示するニーズが強いのでしょう。
比較的キャリアラダーが作りやすい職業だという事情もあるかもしれません。
したがって医療関係職はキャリア研究が進んでいる分野でもあるようです。今
回ご紹介した「医療経済学」は、医療関係者がキャリアを考える上でも役立つ
道具になるかもしれません。(O)

【日本キャリアデザイン学会とは】

・キャリアを設計・再設計し続ける人々の育成を考える非営利組織です。
・キャリアに関わる実務家や市民と研究者との出会い・相互啓発の場です。
・多様な学問の交流からキャリアデザイン学の構築を目指す求心の場です。
・キャリアデザインとその支援の理論と実践の連携の場です。
・誤謬、偏見を排除し、健全な標準を確立する誠実な知的営為の場です。 
・キャリアデザインに関わる資格、知識、技法、専門の標準化の努力の場です。
・人々のキャリアの現実に関わり、変えようとする運動の場です。

 学会の詳細、活動状況はホームページに随時掲載しております。
 ◆日本キャリアデザイン学会ホームページ◆
   http://www.career-design.org/

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  日本キャリアデザイン学会(CDI-Japan)発行
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このメールマガジンは『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ を利用して発
行しています。
 配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000140735.htm
無断転用はお断りいたします。

 編集委員:荻野勝彦(トヨタ自動車株式会社人事部担当部長)

   日本キャリアデザイン学会事務局連絡先
    e-mail cdgakkai@hosei.org
   〒102-8160 東京都千代田区富士見2-17-1

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