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□ キャリアデザインマガジン 第93号 平成22年5月10日発行
日本キャリアデザイン学会 http://www.career-design.org/
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「キャリアデザインマガジン」は、キャリアに関心のある人が楽しく読める
情報誌をめざして、日本キャリアデザイン学会がお送りするオフィシャル・
メールマガジンです。会員以外の方にもご購読いただけます。
※等幅フォントでごらんください。文中敬称略。
□ 目 次 □———————————————————–
1 私が読んだキャリアの1冊(1)
佐藤博樹『働くことと学ぶこと-能力開発と人材活用』
2 私が読んだキャリアの1冊(2)
中村圭介『壁を壊す』
3 キャリアイベント情報
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【学会からのおしらせ】
◆キャリアデザイン学会第7回研究大会・総会の日程が決定しました。
日 程 2010年10月23日(土)・24日(日)
会 場 神戸学院大学
〒650-8586 神戸市中央区港島1-1-3
現在、自由論題の応募を受け付けています(要入会)。
http://www.career-design.org/content/view/177/1/
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1 私が読んだキャリアの1冊(1)
『働くことと学ぶこと-能力開発と人材活用』
佐藤博樹編著 ミネルヴァ書房 2010.3.31
本書はみずほ情報総研への経済産業省の委託調査として2005年に実施された
「働き方と学び方に関する調査」の結果をもとにした論文集である。事業所調
査中心の既存調査の限界を超えるべく実施された個人調査だが、「正規・非正
規」といった就労形態や転職経験の有無・回数、自己啓発の有無といった一般
的な項目だけでなく、「最初の三年間」に着目した設問や「仕事が自分に向い
ていると感じた」「必死で働いた」「仕事をやり遂げたと感じた」などといっ
た主観的な事項に関する設問、さらには「中学三年時の成績の自己評価」など、
執筆者それぞれの関心事項や分析手法をふまえた設問を多数織り込んでいる点
にも特徴がある。
したがって、各章の内容もそれぞれに執筆者の個性と関心が反映されたユ
ニークなものとなっている。第1章は本書全体の解題という趣の章であり、正
社員・非正社員の能力開発の比較を中心に調査結果が概観されるとともに、後
続の各章が明らかにした諸点とそれに基づく政策的含意が紹介される。
第2章は「最初の三年」の重要性に着目する。初職開始後の三年間で「仕事
が自分に向いている」と感じる適職経験を得ることが、その後の就業の継続や
所得水準などに良好な影響をもたらすこと、適職経験を得やすいのは、学歴の
高い人、中三時成績自己評価の高い人、最初の三年に最も必死に働いた人、最
初の三年に同一企業に勤続した人などであることが明らかにされる。
第3章は「必死で働いた」経験に着目している。「必死で働いた」経験は所
得や昇進において明らかにプラスの影響を及ぼしている。また、上司やメン
ターの指導や相談機会の得られる職場ほどその影響は大きく、上司や同僚との
コミュニケーションのもとで必死に働く経験がより有意義であると指摘する。
第4章では、能力開発、特に集中的なOff-JTや自己啓発といった集中的な
能力開発が就業率や収入に与える効果が男女別・年代別・訓練の時期別に分析
される。就業率については部分的にプラスの効果が確認されるが、40代以上に
ついてはOff-JTが失業確率を高めていることが確認される。これはこの年代
で早期退職前提の研修が実施されていることを示唆する。また、一般的に収入
への有意な影響はないとされることの多い自己啓発について、この調査では女
性については長期的に自己啓発が収入にプラスの影響を与えるという結果を得
ているのは興味深い。
第5章は「最初の三年間」の経験が女性の就業継続に与える影響を分析する。
最初の三年間に適職経験や達成経験、「目標となる人の存在」がプラスの影響
を与えている。また、初職が能力開発に積極的な職場であることは、男性に対
しては就業継続を促すが、女性に対しては阻害するとの結果は興味深い。これ
は能力開発に積極的な職場ほど離職可能性・勤続期待をふまえた男女格差が存
在することを示唆するという。
第6章は「最初の三年間」の就労形態と能力開発に着目する。初職が非正社
員であることは平均的には不利だが、非正社員でも能力開発が充実した職場も
多く、それは正社員への転換を促進する。就業形態より、職場が能力開発に積
極的かどうかのほうが重要である。
第7章では、どのような企業が能力開発を積極的に行っているかが分析され
る。人手不足や納期に追われるといった労働環境の厳しい企業では職場での指
導が行われにくく、チームワークで働く職場ではそれが行われやすい。制度化
されていることの多いOff-JTにはこうした傾向はみられない。また、正規・
非正規を問わず、能力開発に意欲的な個人ほど職場での指導が行われやすい。
能力開発の行われやすい職場環境整備が望まれるという。
各章が明らかにした知見はいずれも興味深いものであり、また実務実感とも
一致する部分が多く、その点で説得的でもある。とりわけ、職業キャリアの初
期である「最初の三年間」の大切さや、正社員・非正社員といった就労形態の
違い以上に、正社員・非正社員それぞれに対して能力開発を積極的に行う職場
かどうかの違いがその後に大きく影響するといった知見は重要なように思われ
る。就業や所得に良好な影響を及ぼす「適職経験」を得られやすいのは最初の
三年間を一つの企業で勤続した人だが(第2章)、いっぽうで初職が非正社員
の場合は最初の三年以内に勤務先を変えることが正社員転換を促す(第6章)
のだ。「石の上にも三年」があてはまるかどうかは、ひとえにその職場が能力
開発に積極的か否かにかかっている。能力開発をしない職場にはさっさと見切
りをつけることのほうが大切なのだろう。こうした知見が今後の産業政策や雇
用政策に大いに生かされることを期待したい。
計量分析の駆使された研究書なので、広くお薦めできる本ではないかもしれ
ないが、「企業は人材育成の余力を失っている」「非正規労働は育てられずに
使い捨てられている」などの一律的な俗説を排する上でも有意義な本といえる
だろう。
(編集委員 荻野勝彦)
※「私が読んだキャリアの一冊」は、執筆者による図書の紹介です。
日本キャリアデザイン学会として当該図書を推薦するものではありません。
2 私が読んだキャリアの1冊(2)
『壁を壊す』 中村圭介著 連合新書 2009.5.29
昨年12月に発表された厚生労働省の「平成21年労働組合基礎調査」は注目す
べき結果となった。長期にわたって低下を続けていたわが国の推定組織率が、
平成21年は18.5%と、前年比0.4%ポイントの上昇となったのだ。その第一の
要因は不況にともなう雇用者数の減少のようだが、一方で組合員数も4年連続
の増加となっている。
もちろん、組合員も非組合員も同様に雇用が減少したのであれば、組織率は
変化しない。雇用減で組織率が向上したということは、組合員が非組合員に較
べて職を維持されやすかったということであり、それは組合活動の成果である
とみることもできるだろう。いっぽうで、今回の雇用調整局面においてはいわ
ゆる非正規労働者の雇止めなどによる雇用減が目立ったことも事実だろう。と
いうことは、労働組合の活動はより弱い立場にある非正規労働には届いていな
いということでもある。
いっぽうで、産別の組合員数をみるとUIゼンセン同盟が前年から45,000人
増やして最大の伸びをしめしているが、この相当部分はパートタイマーなどの
非正規労働者であるという。実際、労組は古くから非正規労働の組織化に問題
意識を持っているし、連合も発足以来取り組んでいる。近年の組織率低下の主
因のひとつは非正規労働比率の上昇だというのだから、当然といえば当然だろ
う。その成果も上がりつつあって、平成17年に3.3%にとどまっていたパート
タイマーの組織率は、平成21年には5.3%に達している。
さて、この本は連合総研が非正規労働者の組織化に成功した労働組合10単組
の実態調査を行ったプロジェクトの結果をもとに、組織化の必要性とプロセス、
そしてその成果を生き生きと描き出している。対象は従来正社員組合員中心で
活動してきた企業別労組が8単組、2単組は公務である。
第一章では、企業別労組が自らの利益のために非正規労働者の組織化に取り
組む必要性が述べられる。非正規労働者が増加する中で、雇用確保の基盤とな
る企業業績の向上のためにも、各職場で良好なコミュニケーションを実現する
ためにも、職場を代表して経営に説得的な意見を述べ、交渉を行うためにも、
非正規労働者の参加が必要であり、それなくしては正社員の労働条件や雇用の
安定、ひいては組合組織の存続もありえないということが主張される。
それ以降は、各労組の事例が組織化の段階を追って紹介される。第二章では
非正規組織化のきっかけとなった「危機の察知」が語られる。時に業績の悪化
であり、時に職場の生産性低下であり、時には使用者の不当解雇であったりも
する。第三章は執行部内、そして一般組合員も含めた組合内における非正規組
織化の意思決定過程、「異論と説得」が描かれる。比較的容易なケースもあれ
ば困難をきわめるケースもある。
第四章は、いよいよ組織化だ。組織によってニュアンスの違いはあるが、非
正規労働者との地道な対話と勧誘、説得が中心であることは共通する。組合費
が高いハードルであることも共通であり、「組合費を払って誰かからサービス
を受けるのではなく、職場をよくするために組合に主体的に参加し、そのため
の費用も支払う」という理念も共通である。ここが成否を分ける大きなポイン
トなのだろう。
第五章は組織化の結果と成果、もたらされた変化が述べられる。非正規労働
者の労働条件、処遇の改善はいうまでもなく、組合活動そのものの活性化にも
大きな成果がもたらされた。公務を除く8単組のうち7単組がユニオン・ショ
ップ協定の締結にこぎつけており、経営サイドからも総じて前向き、好意的に
受け止められているようだ。
まるでNHKの人気番組「プロジェクトX」をみるような───というとい
ささか大げさかもしれないが、およそ組織化の道のりは決して平坦ではなく、
容易でもない。それに挑んで成功させた労働組合リーダーたちの苦心と情熱に
は心からの経緯を表したい。これは成功事例だけを対象とした調査だから、そ
の背後には挫折したケースもあるだろうし、いま現に苦闘している組織もある
に違いない。いずれにしても、もはやこれは待ったなしの課題であり、それが
決して不可能な取り組みでもなく、そして得られる成果も労力に見合う以上の
ものがあるということをこの本は示している。
この本は連合新書の「労働組合必携シリーズ」の最初の1冊であるという。
それほどに、これはすべての労組にとって必須のものであると労働界では考え
られているのだろう。非正規に限らず、組織化に取り組む活動家に大きな勇気
を与えてくれる本だろう。そして評者としては、経営者、労担役員・幹部にも
ぜひ一読を勧めたい。組合のない企業の経営者の中には、自社に組合ができる
ことについて抵抗や不安を感じる人もあるだろう。すでに組合のある企業の経
営者であっても、非正規労働の組織化に対しては懸念を覚えるかもしれない。
しかし、労働組合が必ず経営を阻害したり、コストを高めたりするわけではな
い。経営にとってなくてはならないパートナーとなっている労組も数多い。こ
の本は、非正規労働者をも組織した組合と企業とが、信頼と協調のもとにwin-
win関係を築くことも十分に可能だということも示しているからだ。さらには、
正規、非正規を問わず、多くの労働者に読まれることで、非正規の組合加入が
進展することも期待したい。それだけの拡がりのある本である。
(編集委員 荻野勝彦)
※「私が読んだキャリアの一冊」は、執筆者による図書の紹介です。
日本キャリアデザイン学会として当該図書を推薦するものではありません。
3 キャリアイベント情報
~キャリアデザインに関係するイベントの開催予定などをご紹介します~
◆NPO法人音楽キャリア・サポート・ネット
「音楽を語る会~各界で活躍する音楽人が「人生と音楽」「私の転機」に
ついて語ります!」
平成22年5月22日(土)14:00~16:00
於 東方学会2F会議室(東京都千代田区)
http://www.npo-mcsn.org/cn27/pg166.html
◆日本人材マネジメント協会(JSHRM)・学習院大学経済経営研究所
JSHRMリサーチプロジェクト・シンポジウム/ライフキャリア・チェーン
(その1)”チャンスはもう一度”
平成22年5月25日(火)13:00~17:30
於 学習院大学(東京都豊島区)
http://www.jshrm.org/top_library/rpsympo2010-1.pdf
【編集後記】
ツイッターというものを始めてみました…が、いまひとつ使い方がわかりま
せん。そこで試しにGoogleの検索窓に「ツイッター」と入れてみたところ、表
示された検索キーワード候補のいちばん最初に「ツイッター 使い方」と表示
されました。やれやれ、自分だけではなかったか…と思うと同時に、それで安
心していてどうするんだと反省。いまや就職活動もインターネットなしではで
きない時代で、ITリテラシーも生涯学習のようです。(O)
【日本キャリアデザイン学会とは】
・キャリアを設計・再設計し続ける人々の育成を考える非営利組織です。
・キャリアに関わる実務家や市民と研究者との出会い・相互啓発の場です。
・多様な学問の交流からキャリアデザイン学の構築を目指す求心の場です。
・キャリアデザインとその支援の理論と実践の連携の場です。
・誤謬、偏見を排除し、健全な標準を確立する誠実な知的営為の場です。
・キャリアデザインに関わる資格、知識、技法、専門の標準化の努力の場です。
・人々のキャリアの現実に関わり、変えようとする運動の場です。
学会の詳細、活動状況はホームページに随時掲載しております。
◆日本キャリアデザイン学会ホームページ◆
http://www.career-design.org/
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日本キャリアデザイン学会(CDI-Japan)発行
オフィシャル・メールマガジン【キャリアデザインマガジン】
このメールマガジンは『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ を利用して発
行しています。
配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000140735.htm
無断転用はお断りいたします。
編集委員:荻野勝彦(トヨタ自動車株式会社人事部担当部長)
日本キャリアデザイン学会事務局連絡先
e-mail cdgakkai@hosei.org
〒102-8160 東京都千代田区富士見2-17-1
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