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□ キャリアデザインマガジン 第90号 平成22年1月18日発行
日本キャリアデザイン学会 http://www.career-design.org/
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「キャリアデザインマガジン」は、キャリアに関心のある人が楽しく読める
情報誌をめざして、日本キャリアデザイン学会がお送りするオフィシャル・
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※等幅フォントでごらんください。文中敬称略。
□ 目 次 □———————————————————–
1 私が読んだキャリアの1冊(1)
本田由紀『教育の職業的意義』
2 私が読んだキャリアの1冊(2)
小島貴子『就渇時代の歩き方』
3 キャリアイベント情報
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【学会からのおしらせ】
◆キャリアデザイン学会第7回研究大会・総会の日程が決定しました。
日 程 2010年10月23日(土)・24日(日)
会 場 神戸学院大学
〒650-8586 神戸市中央区港島1-1-3
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1 私が読んだキャリアの1冊(1)
『教育の職業的意義-若者、学校、社会をつなぐ』
本田由紀著 ちくま新書 2009.12.10
「こんなことを勉強して、いったい何の役に立つのだろう?」
中学校はともかく、高校生ともなればほとんどの人が1度や2度はこうした
疑問を感じたことがあるに違いない。実際、たとえば高校の数学で学ぶ三角関
数や行列などは、エンジニアになる人には必需品だろうが、多くの仕事ではま
ずまったく必要ないだろう。大学で学ぶ経済学も似たようなものだろうし、哲
学ともなればなおさらだろう。もちろんこれらには教養として消費されるとい
う一面もあるわけだが、いっぽうで「職業的意義」は乏しいといえる。この本
は、日本で長らく見失われてきた「(学校)教育の職業的意義」の回復が今ま
さに必要であることを広く訴えることを目的としているという。
序章では、著者の主張に対する否定的反応がいくつかカリカライズされて紹
介され、それに対する著者の反論を述べるという形で、著者の主張の概略が示
される。「教育の職業的意義」とは、働く側が働かせる側に〈抵抗〉するため
の手段である労働に関する基本的知識と、働く側が仕事の要請に〈適応〉する
ための個々の職業分野に即した知識やスキルの両輪から成るとされる。
第1章では、教育の職業的意義が必要とされる社会的背景が説明される。近
年、若年の非正社員が増加しており、その多くが労働条件や能力向上などの面
で厳しい状況に置かれていることが紹介される。
第2章では、教育の社会的意義が見失われてきた歴史的経緯が述べられる。
高学歴化・職業教育の地位の低下と労働力不足が相まって企業内育成が主流と
なり、それがさらに教育の社会的意義を低下させたということだろうか。
第3章は国際比較である。日本の学校教育における職業的意義が諸外国と比
較して低いことが紹介される。
第4章では教育の職業的意義と「似て非なるもの」である「キャリア教育」
が批判される。現行のそれは曖昧なうえに社会的準備を欠いており、むしろ柔
軟で幅のある専門教育と労働の実態・制度などの現実の事実を教えることが必
要と訴える。
第5章は「「教育の職業的意義」の構築に向けて」と題されている。多くの
内容を含むが、ごく大雑把にいえば「柔軟な専門性」を育てる「職業的意義あ
る教育」の実現を通じて、学校教育のみならず企業、家庭、社会全般の変革を
はかるべき、ということになるだろうか。
まことに野心的で、熱意にあふれる本だ。この本もまた「社会変革」を訴え
る書であって、「序章」に端的に示されているように異論との闘争が強く意識
されているから、どうしても極論に振ったり、承知で行き過ぎたりする部分は
出てこざるを得まい。また、教育の観点からの議論なので、どうしても教育の
都合に社会を合わせるという「尻尾が犬を振り回す」(もちろんこれはレトリ
ックであって、教育の重要性を考えれば「尻尾」という用語はふさわしくない
のだが)ような傾向が見られるのも致し方あるまい。ここで大切なのは、その
方向性だろう。
そう考えれば、高校教育や大学教育においてもっと職業的意義のある内容を
増やすべきだ、との方向性は、大方においてそれほど違和感なく受け入れられ
るものではないか。実際、著者も指摘しているように、職種別採用や職務給な
どはすでに拡大をはじめている。非正社員の太宗はそれであって、その比率が
上昇したことは周知のとおりだ。なるほど、現在では法的な不備もあって非正
社員の職務は比較的技能レベルの高くないものに集中している感はあるが、い
ずれ制約が取り除かれればより高度のスキルを活かし、キャリアの伸長が期待
できる「職種別採用・職務給」の仕事も増えていくだろう。そうなれば、過度
の期待は禁物としても、職業的意義ある教育の必要性が高まるだろうことは容
易に予測できる。もちろん、メンバーシップ型の長期雇用がなくなるというこ
とは考えにくいから、教養豊かでリーガルマインドや実証研究精神を身につけ
た人材へのニーズもなくなることは想定しにくく、したがってそれらを重視し
た大学教育もかなりの規模で存続はするだろう。働き方も学び方も多様化する
中で、方向性としては職業的意義ある教育の役割が高まっていくというのが望
ましいあり方だろうし、実際にそのように進むのではないか。
キャリア教育についても同様、現実にはこれもまだ試行錯誤段階であって、
著者の主張する方向性も有力なように思われる。たとえば、労働に関する基本
的知識を学ぶことは、必ずしも全員が被用者となるわけではなく、一部ではあ
ろうが経営者となる人も出るだろうし、さらに多くの人はいずれ管理監督者と
して人事管理に従事するだろうことを考えれば、まことに重要といえそうだ。
内容的にも単に法律を逐条的に学ぶのではなく、その背景となる人事管理や労
使関係についても適切に学ぶことが求められるのではないか。また、具体的な
職業スキル、知識に関しても、早期であればあるほど分野の特定が難しいこと
を考えると体験的・トライアル的なものとならざるを得ないだろうが、一定の
意味はありそうだ。もちろん、選択は不可避であって不安をともなわざるを得
ないということも学ぶ必要があり、これまた今後の充実に期待すべきものだろ
う。
この手の本にはどうしても「諸刃の剣」的な危険性がつきまとうのではある
が、「極論の書」であることを意識して読めば、こと教育に関しては専門でな
い人も含めて有益な示唆を多く得られる本なのではないだろうか。
(編集委員 荻野勝彦)
※「私が読んだキャリアの一冊」は、執筆者による図書の紹介です。
日本キャリアデザイン学会として当該図書を推薦するものではありません。
2 私が読んだキャリアの1冊(2)
『就渇時代の歩き方』 小島貴子著 主婦の友社 2009.7.31
厚生労働省の発表によれば、平成21年新卒者の20年11月末/12月初における
就職内定率は高卒で68.1%、大卒で73.1%にとどまっている。かなり厳しい状
況といえるだろう。これをみて、すでに大学3年生の就職活動=就活の動きが
目立ちはじめているという。
前回の雇用調整期は「就職超氷河期」と呼ばれた。その後、いったんは景気
の回復にともない就職状況も好転したが、今回の深刻な不況のなかで、またし
ても就職をめざす学生には困難が増大している。当事者の不安はまことに大き
いだろう。この本の書名は「就活」ならぬ「就渇」となっているが、まさに現
代の空気をうまく言い当てているのかもしれない。
著者は地方自治体と大学で20年近く就職指導に携わり、カリスマ・カウンセ
ラーとして斯界に知らぬ人のない存在である。この本はその著者が豊富な経験
と学生・企業の変化に対する鋭い感性とをもとに書き下ろした、学生に向けた
就活指南書であり、応援メッセージの書である。
就活は、それに臨む就活生にとって、多くの場合初めて経験する種類のチャ
レンジだろう。もちろん、それまでの人生においても、就職するか進学するか、
専攻は何を選ぶか、進学先はどこを選ぶか…といったキャリア上の大きな転機
はあっただろう。しかし、希望する方向を選択してしまえば、それを実現する
ための方法に迷うことは少なかっただろう。多くの場合それは「試験」であり、
あらかじめ決められた科目の定められた範囲から出題される問題に回答し、そ
の成績順に合格するといった「ゲームのルール」が明らかだったからだ。
これに対して、就活は「就職」なのか「就社」なのか、どのような職種や企
業を選ぶのかということがそもそも難問であるだけでなく、希望する方向を決
めた後に、その実現のために何をすればいいのかも必ずしも明確ではない。実
際、企業の求める人材は業界、職種、あるいは個別の企業によって多様であり、
さらに企業の中でも多様な人材が求められている。当然ながら入学試験のよう
な明確な基準があるわけではない。にもかかわらず、就活の時間は試行錯誤で
対処するにはあまりに限られている。ましてやこの厳しい環境だ。就活生が不
安にとらわれ、自らを見失いがちになることは避けがたい。
こうした中で、この本は多くの就活生にとってたいへん頼りになる存在とな
るに違いない。社会や企業の現状、実態をふまえ、就活のそれぞれのステージ
において、どのように考えて、具体的になにをすればいいのか、多くの人や企
業、場面に共通してあてはまるナレッジをわかりやすく解説している。もちろ
ん、それは「内定」を保障するものではない。しかし、就活生が厳しい環境の
中で初めて経験する種類のチャレンジに臨むにあたっての不安を軽減し、それ
なりの自信と手ごたえをもって進んでいくための心強い指針として受け入れら
れるには十分な説得力を有しているのではないかと思われる(現実に就活に臨
んでいるわけではない評者の判断には大いに限界があるのではあるが)。
著者は「就職活動を学生の成長として支援する」という考え方を持っている
という。なるほど、大学の教員の先生方に聞いても、多くの学生は就活を通じ
て大きく成長するという。困難なチャレンジが人を育てることは職業において
も同じだし、その経験は就職後の仕事にも資するだろう。たしかに、この本を
読んでいると、内定を得るにはというダイレクトな観点よりは、学生を成長さ
せる就活とはどのようなものか、という観点が大切にされているという印象が
強い。善し悪しは読む人の求めによって簡単には言えないだろうが、そうした
種類の就活本を必要とする人も多いに違いない。
就活時の景気によって就職の困難さが大きく異なることや、企業が選考基準
を明確に示しえないことの理不尽を主張する意見も多く、それはそれで大切な
問題提起ではあろうが、この本はそれにはほとんど触れていない。その現状肯
定ないし無批判に対して不満を感じる読者もいるだろう。しかし、就活に臨む
就活生の前にあるのは、理不尽であるなしにかかわらず、唯一の現実しかない。
すぐにはいかんともしがたい現実をいったんは受け入れ、その中での適切なア
ドバイスを送ることが、著者にとっては就活生への愛情なのだろう。愛情のあ
り方もまた多様である。
(編集委員 荻野勝彦)
※「私が読んだキャリアの一冊」は、執筆者による図書の紹介です。
日本キャリアデザイン学会として当該図書を推薦するものではありません。
3 キャリアイベント情報
~キャリアデザインに関係するイベントの開催予定などをご紹介します~
◆中央職業能力開発協会「キャリア・シート(CADS&CADI)を使った納得でき
るキャリア形成支援法セミナー」
平成22年2月24日(水)9:15~17:00
於 主婦会館プラザエフ(東京都千代田区)
詳細:http://www.javada.or.jp/(HP左側の該当セミナーをクリック)
◆中央職業能力開発協会「キャリア・シート(CADS&CADI)を使った『キャリ
ア相談・面談』セミナー」
平成22年2月25日(木)9:15~17:00
於 主婦会館プラザエフ (東京都千代田区)
詳細:http://www.javada.or.jp/(HP左側の該当セミナーをクリック)
【編集後記】
明けてだいぶん経ちましたが、あけましておめでとうございます。今年も日
本キャリアデザイン学会と「キャリアデザインマガジン」をよろしくお願いい
たします。「こんなメルマガを読んで、いったい何の役に立つのだろう?」と
言われないよう、今年も精進してまいります…さっそく、言われているかもし
れませんが。(O)
【日本キャリアデザイン学会とは】
・キャリアを設計・再設計し続ける人々の育成を考える非営利組織です。
・キャリアに関わる実務家や市民と研究者との出会い・相互啓発の場です。
・多様な学問の交流からキャリアデザイン学の構築を目指す求心の場です。
・キャリアデザインとその支援の理論と実践の連携の場です。
・誤謬、偏見を排除し、健全な標準を確立する誠実な知的営為の場です。
・キャリアデザインに関わる資格、知識、技法、専門の標準化の努力の場です。
・人々のキャリアの現実に関わり、変えようとする運動の場です。
学会の詳細、活動状況はホームページに随時掲載しております。
◆日本キャリアデザイン学会ホームページ◆
http://www.career-design.org/
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日本キャリアデザイン学会(CDI-Japan)発行
オフィシャル・メールマガジン【キャリアデザインマガジン】
このメールマガジンは『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ を利用して発
行しています。
配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000140735.htm
無断転用はお断りいたします。
編集委員:荻野勝彦(トヨタ自動車株式会社人事部担当部長)
日本キャリアデザイン学会事務局連絡先
e-mail cdgakkai@hosei.org
〒102-8160 東京都千代田区富士見2-17-1
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