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□ キャリアデザインマガジン 第89号 平成21年12月21日発行
日本キャリアデザイン学会 http://www.career-design.org/
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「キャリアデザインマガジン」は、キャリアに関心のある人が楽しく読める
情報誌をめざして、日本キャリアデザイン学会がお送りするオフィシャル・
メールマガジンです。会員以外の方にもご購読いただけます。
※等幅フォントでごらんください。文中敬称略。
□ 目 次 □———————————————————–
1 私が読んだキャリアの1冊(1)
八代尚宏『労働市場改革の経済学』
2 私が読んだキャリアの1冊(2)
川喜多喬『人材育成とキャリアデザイン支援』
3 キャリアイベント情報
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【学会からのおしらせ】
◆平成22年第1回研究会
日 時 平成22年1月9日(土)14:00~16:00
テーマ 「私たちの夢・キャリア、こんな社会を創りたい」
-現役の中学生・高校生・大学生の生の声を聞く-
場 所 法政大学市ヶ谷キャンパス 58号館 834教室
詳 細 http://www.career-design.org/content/view/163/1/
申込み https://www.hosei-web.jp/fm/10047.html
◆キャリアデザイン学会第7回研究大会・総会の日程が決定しました。
日 程 2010年10月23日(土)・24日(日)
会 場 神戸学院大学
〒650-8586 神戸市中央区港島1-1-3
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1 私が読んだキャリアの1冊(1)
『労働市場改革の経済学-正社員「保護主義」の終わり』
八代尚宏著 東洋経済新報社 2009.12.3
著者は長年にわたって規制改革会議や経済財政諮問会議など政策の分野の第
一線で活躍し、近年のいわゆる「構造改革路線」の中で大きな存在感を発揮し
続けている。とりわけ雇用問題においては、著者の専門分野であるだけに、他
のエコノミストたちとは一線を画する現実を踏まえた的確な議論を展開してき
た。本書は、著者の名著として知られる『日本的雇用慣行の経済学』の基本的
な考え方を、その後の日本の労働市場問題にあてはめたものであるという。
世間では往々にして「日本的雇用慣行は公平だが非効率」といった俗論が聞
かれるが、著者は『日本的雇用慣行の経済学』の当時から一貫して「日本的雇
用慣行はとりわけ人材育成の面において非常に効率的」と主張していた。その
一方で、これはその内部にいる人相互にとっては公平でも、外部にいる人にと
っては非常に不公平であり、近年その不公平が拡大していると指摘する。すな
わち、労働市場における対立の構図は、世間で広く考えられているような古典
的な「資本-労働の対立」ではなく、日本的雇用の内部にいる正社員とその外
部にいる非正社員との「労・労対立」であり、この本ではこの構図のもとで現
状の問題を分析し、対策を提言している。この論点整理は的確なものであり、
したがって各章における個別問題の現状把握と政策提言もおおむね適切なもの
となっているように思われる。
序章および第1章では、これまでの日本的雇用慣行の優位性(成功体験)と
それにともなう「労・労対立」の構図、および日本的雇用慣行の前提とされて
きた経済・社会環境の変化について述べられる。第2章では日本的雇用慣行が
必然的に非正社員が必要とされることとそれに伴う問題点、そのすべてを正社
員化することは現実的ではなく、非正社員の規制ではなく正社員と非正社員の
制度的な違いを小さくすることが必要であると主張される。第3章では特に派
遣労働について、その禁止や規制ではなく、それを働き方の選択肢として社会
的に認知し、未熟練の非正社員から熟練した正社員への懸け橋とすることがで
きるような人材ビジネスの健全な育成を求めている。
第4章では、あらためて日本的雇用慣行の経済的合理性について説明したう
えで、昨今の環境変化の中で発生しているその弊害を紹介し、日本的雇用慣行
が大半を占める現状を維持するような政策ではなく、多様な働き方の中の自由
な競争を通じてそれが適切な割合に収斂していくような政策が必要と訴える。
第5章では少子化問題をとりあげ、その最大の原因が出産・育児にともなう
女性の機会費用にあると指摘し、共働きを前提とした社会制度・雇用慣行とす
ることが避けて通れないと述べる。第6章ではワーク・ライフ・バランスが取
り上げられるが、ここでも従来のような拘束の強い日本的雇用とは異なる、労
働時間が短く柔軟で拘束の低い働き方を増やすことが主張される。また、働き
方の自由度を高めると同時に労働時間の総量規制をともなうホワイトカラー・
エグゼンプション制の導入を求めていることが注目される。第7章では高齢化
が進む中でのエイジフリー政策について述べられる。日本的雇用の年功的処遇、
とりわけ定年制が高齢者雇用の障害となっていると指摘したうえで、一定の解
約条件付きの正社員という「中間的な雇用契約」を高齢者に導入することで定
年制の廃止が可能となると主張する。
第8章では、非正社員が増加する中での社会保障、セーフティ・ネットのあ
り方が論じられる。雇用保険の加入資格を拡大するとともに、給付については
就労時の収入や保険料の水準にかかわらず最低生計費をまかなうためのフラッ
トなものとすべきとされる。また、生活保護制度に関連して、就労促進的な給
付付き税額控除の導入を提案している。
最後の第9章では、労働行政について、職安業務の地方への移管や民間への
解放を求めている。また、現行の公労使三者構成による労働政策審議会が機能
不全になっており、専門家の助言に基づく直接の利害関係者を排した労使のト
ップダウンでの政策決定が求められているとしている。
全体を通じて、わが国の労働市場・人事管理の現状把握と問題点の整理、そ
の背後にある構造的課題などについての指摘は概ね的確なものであり、提示さ
れている施策もほぼ適切で、現実にそうした方向に進んでいるものも少なくな
い。労働市場を市場原理で単純に割り切ろうという論調が労働研究者でない経
済学者に間々みられるが、さすがに労働研究の第一人者である著者はそうした
議論に陥ることはない。特に注目されるべきは、著者はさまざまな問題の原因
として日本的雇用慣行を指摘しつつも、それを全否定するのではなく、むしろ
それが適合する職種などにおいては積極的な評価を与えて今後も雇用の選択肢
として位置づけている点である。労働研究者でない経済学者がともすれば日本
的雇用慣行を全否定する例が目立つのとは対照的であろう。やはり往々にして
混乱に陥りがちな「同一労働・同一賃金」についても、単純な職務給論者とは
一線を画し、かなり念入りにわが国の労働市場の実態をふまえた議論を展開し
ている。
いっぽう、本書は昨今の規制強化、労働市場改革のバックラッシュに対する
警鐘という位置づけを意識されていることも容易に読み取れる。そのため、展
開される議論や提案される政策が、その方向性は適切であるにしても、程度問
題としてやや極論に走ったり行き過ぎたりする感があることは否定できない。
典型的には、日本的雇用慣行の弊害が強調されすぎた結果、有効性が過小評価
されて明らかに現状を逸脱しているし、そのほかにも、個別に細かくみれば行
き過ぎと思われる提言も多々みられる。これは、現実にあまりに過度に日本的
雇用を維持しようとする反動的政策が進みつつある現状に対する危機感ゆえに、
あえてバランス感覚を犠牲にしたものと解したい。
この手の本はともすれば極論部分のみが目立ってしまいがちであり、それの
みを読み取ると不毛の議論に陥りがちであるが、極論の書であることを念頭に
おいて、バランス感覚に留意して読み進めれば極めて有益な内容を多く含んだ
本である。特に現状分析はかなり的確であり、多くの人に広く参考となる本と
しておすすめしたい。
(編集委員 荻野勝彦)
※「私が読んだキャリアの一冊」は、執筆者による図書の紹介です。
日本キャリアデザイン学会として当該図書を推薦するものではありません。
2 私が読んだキャリアの1冊(2)
『人材育成とキャリアデザイン支援-人材マネジメントの基本哲学』
川喜多喬著 労働新聞社 2009.11.9
書名が「人材育成とキャリアデザイン支援」と堅気なもので、副題は「人材
マネジメントの基本哲学」とさらにものものしいが、一編6~7頁の随筆を集
めたエッセイ集である。著者が「労働新聞」に連載したコラムを中心に、他誌
に掲載されたものを加えて全39本が所載されている。
内容は多岐にわたるが、いずれも書名のとおり「人材育成」や「キャリアデ
ザイン」の一側面を切り取ったものである。著者の類書と同様、その博覧強記
ぶりが存分に発揮された多彩なエピソードが縦横に駆使され、そこここにアイ
ロニーの効いた独自の文体から繰り出される箴言の数々には、その痛快さに読
みながら思わず頬の緩む人も多かろう…なにぶん独特ゆえ、好みは分かれよう
が。
かように、この本は人材育成やキャリアに関心のある人たちにとっては一応
はたいへん楽しく読める随想集といえるだろう。ここで「一応は」などとエク
スキューズしているのは、この本を楽しめない人、すなわちこの本で語られる
著者の理念に反対の見解を持つ人も確実に一定割合いるだろうからだ。さよう、
この本はまさしく副題のとおり「基本哲学」を語った本でもある。それがどん
な哲学であるかは、本書を通読すれば十分に感得できよう。哲学はなにも論説
調の文章でなければ語れないというものではない、ということの好例でもある
(学術分野の「哲学」はそうもまいらないだろうが)。
そこでその基本哲学とは…となるべきところだが、これがまたそうそう簡単
に要約できるものではないようなのだ。読めば「感得」できると書いたのはそ
ういう意味である。無理矢理にキーワードを抽出すれば、現場を知れ、長い目
で見よ、歴史に学べ、そして流行の言説に惑わされるな…というところか。む
しろ、印象に残る一節をいくつか紹介することが本書の紹介としてもふさわし
いかもしれない。たとえば…
「大学が職業学校として発達を遂げた国では、企業はその「社会基盤」を利用
することができるため、企業内教育はなおざりになる危険性を持つ。しかし日
本では、大学などは…大体が職業能力開発とは縁遠い授業内容で、更に職業教
育を軽蔑する教員が跋扈した。企業は、やむを得ず、学校での専門を無視し、
企業内で教育を徹底する。…経営組織に…職業能力開発を依存するようになっ
た個人には、その開発が組織特殊的な能力の開発であったこともあって、離職
による機会費用が大きくなる。…それは企業忠誠心の大きさとなり、組織にも
メリットはあった。しかし厳密に言えば、組織にとっては終身雇用に価値があ
ったのではなく、成員の職業能力の伸長に価値があったのである。」(p.14)
「「自立しない」という選択肢もちゃんとある。人に頼りきりになるな。正論
であろう。だからといって、人に頼らざるを得ないことを軽蔑の対象にしては
ならない。…ひと様を利用させてもらって、自分のちょっとした希望をかなえ
る、組織との間もそういう、いわば「ビジネスライク」な関係であると考える。
…この組織を君のキャリアのためにどう利用したら得か。それをあれこれと教
えるべきだろう。同時に、優れた人材がそのキャリアのために利用できる組織
にするため、あれこれ改善することも必要であるだろう。」(p.40)
「あえて言えば、(さまざまなキャリア支援の)制度が一つもなくても、組織
が成長していれば社員のキャリア支援になることがある。ポストは増えるだろ
うし、機会も多様になるであろうし、処遇もだんだん良くなるし、教育や休暇
の時間も増えよう。」(pp.58-59)
「川の平均の深さが40センチであるからといって、川に足を入れて渡り出す人
はいまい。一方、極めて多様な管理職について平均像を描こうというのを誰か
が止めない故は、論におぼれても誰も死なないからだ。が、管理職の定義を法
律であれこれ縛れば、どこかで何かが流されよう。」(pp.73-74)
どうだろう。まだ3分の1くらいしか行っていない。続きを読む気になってい
ただけたか、どうか?
(編集委員 荻野勝彦)
※「私が読んだキャリアの一冊」は、執筆者による図書の紹介です。
日本キャリアデザイン学会として当該図書を推薦するものではありません。
3 キャリアイベント情報
~キャリアデザインに関係するイベントの開催予定などをご紹介します~
◆中央職業能力開発協会「キャリア・シート(CADS&CADI)を使った納得でき
るキャリア形成支援法セミナー」
平成22年2月24日(水)9:15~17:00
於 主婦会館プラザエフ(東京都千代田区)
詳細:http://www.javada.or.jp/(HP左側の該当セミナーをクリック)
◆中央職業能力開発協会「キャリア・シート(CADS&CADI)を使った『キャリ
ア相談・面談』セミナー」
平成22年2月25日(木)9:15~17:00
於 主婦会館プラザエフ (東京都千代田区)
詳細:http://www.javada.or.jp/(HP左側の該当セミナーをクリック)
【編集後記】
編集委員の事故のため、発行が大幅に滞りました。お詫び申し上げます。と
にかく年内に1回は…ということでなんとか再開にこぎつけました。一応、次
号は来年1月18日に発行予定です…がんばります。(O)
【日本キャリアデザイン学会とは】
・キャリアを設計・再設計し続ける人々の育成を考える非営利組織です。
・キャリアに関わる実務家や市民と研究者との出会い・相互啓発の場です。
・多様な学問の交流からキャリアデザイン学の構築を目指す求心の場です。
・キャリアデザインとその支援の理論と実践の連携の場です。
・誤謬、偏見を排除し、健全な標準を確立する誠実な知的営為の場です。
・キャリアデザインに関わる資格、知識、技法、専門の標準化の努力の場です。
・人々のキャリアの現実に関わり、変えようとする運動の場です。
学会の詳細、活動状況はホームページに随時掲載しております。
◆日本キャリアデザイン学会ホームページ◆
http://www.career-design.org/
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日本キャリアデザイン学会(CDI-Japan)発行
オフィシャル・メールマガジン【キャリアデザインマガジン】
このメールマガジンは『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ を利用して発
行しています。
配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000140735.htm
無断転用はお断りいたします。
編集委員:荻野勝彦(トヨタ自動車株式会社人事部担当部長)
日本キャリアデザイン学会事務局連絡先
e-mail cdgakkai@hosei.org
〒102-8160 東京都千代田区富士見2-17-1
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