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□ キャリアデザインマガジン 第88号 平成21年9月7日発行
日本キャリアデザイン学会 http://www.career-design.org/
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「キャリアデザインマガジン」は、キャリアに関心のある人が楽しく読める
情報誌をめざして、日本キャリアデザイン学会がお送りするオフィシャル・
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※等幅フォントでごらんください。文中敬称略。
□ 目 次 □———————————————————–
1 私が読んだキャリアの1冊(1)
濱口桂一郎『新しい労働社会』
2 私が読んだキャリアの1冊(2)
田中堅一郎『荒廃する職場/反逆する従業員』
3 キャリアイベント情報
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【学会からのおしらせ】
◆第6回研究大会・総会の参加登録を受付中です。
テーマ 「経済、雇用、教育、コミュニティ:明日への挑戦」
日 時 平成21年9月26日(土)・27日(日)
場 所 千葉商科大学
千葉県市川市国府台1-3-1
http://www.cuc.ac.jp/info/access/index.html
後 援 厚生労働省、経済産業省、中央職業能力開発協会
詳 細 詳しくはホームページをご覧ください。
http://www.career-design.org/content/view/101/1/
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1 私が読んだキャリアの1冊(1)
『新しい労働社会-雇用システムの再構築へ』
濱口桂一郎著 岩波新書 2009.7.
労働問題が世間の耳目を大いに集めるようになったのは、安倍内閣が発足し
た2006年頃からだろうか。以来今日に至るまで「格差」や「ワーキングプア」
などが確たる検証もなしに政治的に喧伝され、「日雇い派遣」や「年長フリー
ター」、「均等待遇」などをめぐって印象論や感情論がばかりが先走り、不安
定な政情の中で政策も右往左往した。こうした状況が端的に現れたのが、
2008年から2009年の年末年始に行われた「年越し派遣村」であろう。総選挙、
政権交代を経た現在(2009年9月)も、世間一般で労働問題について冷静な議
論ができるような状況はほとんど見られないように思われる。
本書は、このような混沌に投じられたまことに貴重な一石といえるだろう。
著者は、労働社会においてはどの部分も他の部分と深く関わりあう「雇用シス
テム」が成立しており、部分部分の改善は全体像を常に意識して行わなければ
ならないと主張する。そして、社会問題を論ずる際に全体としての現実適合性
を担保するために国際比較の観点と歴史的パースペクティブが必要だと述べる。
極めて適切な指摘であり、本書においてもこの考え方は一貫している。
それゆえ、「序章」は本書における最も有意義な部分ということになる(著
者の意図とは異なるとしても)。現在問題とされているさまざまな事項を考え
るには、わが国の雇用システム、すなわちメンバーシップ型雇用を基軸とした
日本企業の人材戦略があり、人事労務管理・社会制度がそれを支える形で成立
していることへの理解が不可欠だが、残念ながら世間ではおよそ理解が進んで
いるとは言いがたい。序章ではそれがわかりやすく整理・解説されており、こ
の章を通読・理解することで議論の前提が整えられるだろう。
第1章から第3章は、近年世間を賑わせている主要な労働問題が取り上げら
れている。第1章は長時間労働とワークライフバランスの問題を取り上げる。
名ばかり管理職やホワイトカラー・エグゼンプションなどをめぐる議論が「残
業代」というカネをめぐる議論に終始し、健康確保のため労働時間の議論が忘
れられていたという指摘は鋭い。第2章は派遣、請負、有期などの非正規労働
が論じられる。諸形態について、歴史的経緯も含めてかなり詳細な解説がなさ
れ、やや読みにくいかもしれないが、しかしここを理解することではじめて議
論の準備が整う。「神は細部に宿る」のだ。第3章はワーキングプア問題につ
いて述べられる。メンバーシップ型の正社員に生計費賃金が支払われてきた歴
史の中で、近年はメンバーシップに加われない生計維持者が増加してきたこと
がワーキングプア問題の原因であると指摘する。
第4章はやや短く、内容も少し傾向が異なっていて、集団的労使関係が取り
上げられる。制度の変更を通じて問題を解決するには職場レベルの集団的労使
関係をベースとした産業民主主義の手続きによることが望ましいが、現状の企
業別組合は正社員中心の組織となっていてそれには不十分であると述べている。
このように、本書は現在の労働問題について国際比較と歴史的経緯を通じて
理解するという意味で非常に有益なものであるといえる。ただし、そこには2
点の重大な留保がつく。第一は、国際比較も歴史的経緯もそのすべてが述べら
れているわけではなく、述べられていない重要な部分がある、ということだ。
そして第二は、あえてここまで紹介していないが、それゆえに著者が提示する
政策提言には不適切なものがいくつか含まれているということだ。
メンバーシップ型を基軸とした雇用システムには、たしかに功罪があろう。
著者はその「罪」を強調するいっぽうで、「功」にはいささか冷淡な感がある。
たとえば長期雇用・内部昇進制について「労働者は仕事に全力投球することを
求められ、これが長時間労働のような弊害を伴いながらも、企業の発展に貢献
したことは間違いありません」という記述が第3章にあるが、著者は企業の発
展が労働条件の向上につながり、雇用の増加をももたらしたことには口を閉ざ
す。その雇用システムゆえにありふれた労働者が郊外のマイホームと一家に一
台のマイカー、月に一度の外食や年に2回の宿泊旅行を手に入れることができ
たという「功」の部分は語られない。「部分部分の改善は全体像を常に意識し
て行わなければならない」「全体としての現実適合性を担保する」という理念
との整合性にかすかな疑念を感じざるを得ない。
国際比較も、ベンチマークの対象はEU(諸国)に著しく偏っており、米国
などとの比較はまったくと言っていいほど行われていない。これはつまるとこ
ろ、著者が書名にそのままあるように「新しい労働社会」「雇用システムの再
構築」を志向し、それがEU類似のものである、ということゆえだろう。なる
ほど、かつてEUのレーバーアタッシェを務め、EU労働法・労働政策の第一
人者である著者がそう考えるのは自然ではあろう。しかし、私たち民間企業の
実務家としては、「EUと同じようにやっていて、われわれは国際競争に勝ち
残れるのだろうか?現在の豊かさを維持できるのだろうか?」という素朴な、
しかし深刻な疑問を抱かざるを得ない。そして、この疑問に対する明確な回答
は本書には見当たらない。となると、企業としては引き続き、米欧にはない日
本の特色である現行の雇用システムの強みを競争戦略に生かすよりないだろう。
政策提言については、著者は現実的でなければならないとの立場をとり、長
期的な移行期間を念頭に漸進的に進めるべきとしている。その方向性も現在の
行政の方向性とそれほど大きく異なるものではない(もちろん同じではない
が)。これは著者の官僚としての実務家的側面の現れと思われ、一部にはこれ
に対して「物足りない」との感想もありそうだが、しかし立場は違えど同じく
実務家である評者には、これはまことに立派な姿勢に思われる。さらに為念申
し上げれば、本書の提言の中には、ワークフェアの理念に基づくセーフティネ
ットの整備や、雇い止めに対する金銭解決の導入、(最低)賃金ではなく「端
的に公的な給付」による最低生計費の確保、三者構成の堅持など、私も賛同す
る主張も多く含まれている。
しかしながら、日本の過小評価、EUの過大評価によるものか、違和感を禁
じえない提言もある。たとえば、第1章の「普通の労働者に適用されるデフォ
ルトルールは」「男女労働者とも家庭生活とのバランスが取れる程度の時間外
労働を上限と」「明確に変更すべき」との提言である。そもそも特定のワーク
ライフバランスを行政がデフォルトとしてセットするというのが余計なお世話
なわけだが、それは別としても、なお「それで本当に日本は国際競争に勝てる
のか?」という懸念はぬぐいがたい。もちろん健康を害するような働き方はよ
くないにしても、故飯田経夫先生は「日本という国の特色は(「人の上に立つ
人」だけではなく)「ヒラの人たち」もまた非常に真面目に働くということに
ある」と言っておられたではないか?橋本久義先生は、「日本には報われるこ
との少ない分野で、おそらく、一生報われることのない汗を流しつづけている
従業員がたくさんいる。そういう「普通」の従業員が、素晴らしい力を発揮し
て、素晴らしい製品を生み出してきた」と述べているではないか?私が著者の
この提案に強く抵抗を感じるのは、これは結局「国の発展のためになる高度な
仕事に没頭するのはエリートに任せて、『普通の労働者』はほどほどに働いて
帰宅して家事・育児をやっていなさい」と言わんがばかりの印象を持つからだ
(もちろん、著者はそんなことは一切考えていないと思うので、言いがかりに
過ぎないのだが)。一定の要件を課され、審査をパスした人でなければ仕事に
没頭することが許されないということになると、それは新たな社会階層の形成
につながるのではないか、とまで考えるのは大げさかも知れないが…。
また、第2章において、有期契約の反復更新と雇い止めを「偽装有期労働」
と断罪しているのにも違和感を覚える。日本の雇用システムの強みを生かす立
場からすれば、雇用量調整のために一定の有期契約労働を持たざるを得ず、雇
い止めは有期契約の本質であって、何度反復更新されようとも変わるものでは
ない。有期雇用で働く人がいかにしてスキルを伸ばし、キャリアを形成(期間
の定めのない雇用への移行も含め)していくか、ということが重要であり、そ
のための政策が検討されるべきだろう。ここではこれ以上触れないが、他にも
申し上げたいことは多々ある。
このように、本書は現実的な政策を標榜しつつ、その目指すところはかなり
大胆であるといえそうだ。案外「現実的を装った抜本改革の書」なのかもしれ
ない。わが国の労働社会、雇用システムのあり方については諸説あり、まだ相
当の議論が必要だろう。考え方が異なればそれぞれに対する評価も異なるのも
当然だ。評者はまた異なる意見を持ってはいるが、本書はその中でもかなり有
力な立論となっていることも間違いなかろう。冷静で有意義な議論のために有
益な本として高く評価したい。
(編集委員 荻野勝彦)
※「私が読んだキャリアの一冊」は、執筆者による図書の紹介です。
日本キャリアデザイン学会として当該図書を推薦するものではありません。
2 私が読んだキャリアの1冊(2)
『荒廃する職場/反逆する従業員-
場における従業員の反社会的行動についての心理学的研究 』
田中堅一郎著 ナカニシヤ出版堂 2008.10.
企業や組織は、勤勉でまじめで誠実な構成員だけで構成されているとは限ら
ない。むしろ、会社の備品を私的に流用したり、職場の規律を乱したり、部下
に無理難題を強要したり、同僚や上司を中傷したりといった行動をとる人が
往々にしてみられるのが残念な現実だろう。ときには、職場内での殺人や放火、
恐喝などがマスコミで報じられてわれわれを驚かせることすらある。
当然ながら、企業は勤勉でまじめで誠実な人材を採用しようとしているはず
だろう。それにもかかわらず、こうした事態は現実に起こる。もちろん、これ
ら反社会的行為は決して正当化されるものではなく、まずは本人の責任が問わ
れるべきではある。本人の倫理観や道徳観に問題があり、そのような人を採用
してしまったこと自体が失敗だったという考え方もあろう。外的要因の影響も
あろう。しかし、組織内の人事管理が引き金となって、報復的に反社会的行動
を誘発しているケースもかなりの割合で存在するのではないか。
本書はその刺激的な書名にもかかわらず、職場の反社会的行動を心理学的に
分析した本格的で重厚な研究書である。第I部は概説編とされ、主として先行
研究の紹介にあてられている。第II部は著者が参加した調査結果とその分析で
ある。3種類のアンケート調査と9人に対するヒヤリング調査が行われている。
その結果で目をひくものを紹介すると、第4章では、組織における意思決定
や評価の手続き、処遇が公正でないと評価されるほど、それに対する報復とし
て反社会的行動がおきやすいことが見出されている。第6章では、職階の高い
者のほうが反社会的行動を起こしやすく、また組織や職場の仕組みや手続きに
不公正感を持っている人が反社会的行動を起こしやすいことが示されている。
第7章では逆に、組織や職場の仕組みが公正であると評価されているほど反社
会的行動が起こりにくいことが示される。また、成果主義的人事施策が反社会
的行動に直接つながっているとはいえないことも示されている。ただし、成果
主義人事による組織特性の流動化(組織の課題、必要な知識やスキル、メン
バー構成の変化が大きくなる)は反社会的行動に結びつくという。第8章は逆
に「迫害を受けた」という経験について、目標管理制度がある組織ではない組
織より多く、また職務の量的負荷が多く役割が曖昧だと感じている人ほど多い
ことが示されている。もちろん、この他にも個人の性格属性や環境などとの関
係も分析されており、興味深い結論が得られている。さらには、たとえば成果
主義人事との関連のように、成立しそうな仮説が成立しなかったという結果に
も有意義なものが多そうだ。メンバーにストレスを与えたり、不公正と感じる
ような取扱いをすることが報復的な反社会的行動を招くこと、いっぽうでそれ
らのすべてが即座に反社会的行動につながるというわけでもないということ、
これは職場で日々の人事管理にあたっているマネージャーにとってはごく当然
なことかもしれないが、しかしこれが学術的に検証されたことの意義は大きい
といえるだろう。
著者自身も、あとがきで「本書で扱われた話題は意外とありふれたもの」で
はあるが「正面切って取り上げられにくい話題」であり、「それが学術研究の
対象となれば特にそう」であって、「思えば、本書で取り上げた調査研究の実
施には苦労した」と率直な感想を述べている。たしかに、そのとおりであろう。
著者はさらに「多くの「職場の現実の生々しさ」を知っている組織人が少なく
ないのならば、彼らがもう少し調査に協力的であってほしかった」とも述べて
いる。これまた偽らざる実感であろう。しかし、そのためには研究者と企業と
の強い信頼関係がなければなるまい。もちろん多くの研究者はまじめに誠意を
もって研究にあたっているのだろうが、残念ながらこの手の話題を予断をもっ
てセンセーショナルに「告発」するかのような研究者も決して少なくない。著
者はこの本を読む限り信頼に値する誠実な研究者と思われるので、今後さらに
誠意ある研究を通じて信頼を高めてほしいものだ。それはたしかに、企業にと
っても有益なはずだから。
(編集委員 荻野勝彦)
※「私が読んだキャリアの一冊」は、執筆者による図書の紹介です。
日本キャリアデザイン学会として当該図書を推薦するものではありません。
3 キャリアイベント情報
~キャリアデザインに関係するイベントの開催予定などをご紹介します~
◆中央職業能力開発協会「キャリア・シート(CADS&CADI)活用セミナー」
平成21年9月17日(木)9:15-17:00
於 エル・おおさか 708号室(7階)(大阪市中央区)
http://www.javada.or.jp/jigyou/jinzai/cads_cadi.html
【編集後記】
総選挙の結果政権交代となり、民主党政権の政策に関心が集まっています。
「マニフェスト」をみると、キャリアとも関係の深そうな政策も数多く含まれ
ている一方、残念ながら「キャリア」という考え方自体が希薄な印象も受けま
す。どのような変化が起きるのか、注目してみていきたいと思います。(O)
【日本キャリアデザイン学会とは】
・キャリアを設計・再設計し続ける人々の育成を考える非営利組織です。
・キャリアに関わる実務家や市民と研究者との出会い・相互啓発の場です。
・多様な学問の交流からキャリアデザイン学の構築を目指す求心の場です。
・キャリアデザインとその支援の理論と実践の連携の場です。
・誤謬、偏見を排除し、健全な標準を確立する誠実な知的営為の場です。
・キャリアデザインに関わる資格、知識、技法、専門の標準化の努力の場です。
・人々のキャリアの現実に関わり、変えようとする運動の場です。
学会の詳細、活動状況はホームページに随時掲載しております。
◆日本キャリアデザイン学会ホームページ◆
http://www.career-design.org/
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日本キャリアデザイン学会(CDI-Japan)発行
オフィシャル・メールマガジン【キャリアデザインマガジン】
このメールマガジンは『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ を利用して発
行しています。
配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000140735.htm
無断転用はお断りいたします。
編集委員:荻野勝彦(トヨタ自動車株式会社人事部担当部長)
日本キャリアデザイン学会事務局連絡先
e-mail cdgakkai@hosei.org
〒102-8160 東京都千代田区富士見2-17-1
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