キャリアデザインマガジン 第80号

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□    キャリアデザインマガジン 第80号 平成20年11月10日発行
     日本キャリアデザイン学会 http://www.cdi-j.jp/

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 「キャリアデザインマガジン」は、キャリアに関心のある人が楽しく読める
情報誌をめざして、日本キャリアデザイン学会がお送りするオフィシャル・
メールマガジンです。会員以外の方にもご購読いただけます。
 ※等幅フォントでごらんください。文中敬称略。

□ 目 次 □———————————————————–

1 キャリア辞典「人間力(5)」
2 私が読んだキャリアの1冊
   大内伸哉『君たちが働き始める前に知っておいてほしいこと』
3 キャリアイベント情報

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【学会からのおしらせ】

◆日本キャリアデザイン学会は、以下のとおり研究会を開催いたします。
 非会員の方もご参加できます。

 日 時:平成20年12月26日(金)18:30~20:00
 講 師:日本教育大学院大学客員教授 梅澤正氏
 テーマ:「キャリア教育に職業学習を組み込む」
 会 場:法政大学ボアソナードタワー25階 イノベーションマネジメント
     センターセミナ室(東京都千代田区)
 参加費:会員/無料 非会員/3.000円

  ※申込要領等、詳細は近日中に学会ホームページに掲載します。
   http://www.career-design.org/

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1 キャリア辞典
  ~「キャリア」に関する用語をめぐるコラムです~

 「人間力」(5)

 平成17年5月に発足した「若者の人間力を高めるための国民会議」は、9月
に第2回を開催し、「若者の人間力を高めるための国民宣言」を採択した。そ
こでは、「人間力」を「社会の中で人と交流、協力し、自立した一人の人間と
して力強く生きるための総合的な力である」として、「家庭、学校、職場、地
域社会といった場を通じ形づくられる」と述べられている。そして「若者自ら
の自覚と努力も求められるところ」としつつも、「経済界、労働界、教育界、
マスメディア、地域社会、政府が一体となって、若者の人間力を高める国民運
動を推進する」との方針が示されている。それに続いて4つの宣言文があるが、
それぞれ「子どもの頃から人生を考える力やコミュニケーション能力を身につ
けさせ、働くことの理解を深めさせる」「若者に広くチャンスを与え、仕事に
挑戦し、活躍できる」「若者が働きながら学ぶことのできる」「やり直し、再
挑戦できる」といった内容を含んでいる。そのあとに続く「国民運動推進の基
本方針」は、政府、企業、学校、地域社会などの役割が縷々述べられており、
さながら行政のやろうとしている施策の羅列という感があるが、若年雇用情勢
に対する問題意識から厚生労働省が主体となっているものだけに、人間力はま
ずは「就職力」であり、就職後の就労を通じてさらに人間力が向上する、とい
う構想になっているようだ。そのため、「基本方針」には企業の取り組みに関
する事項として「若者に広くチャンスを与え、若者に雇用の場を提供できるよ
う努めます」「キャリア形成や教育訓練の仕組みを充実するなど、長い目で見
た人材の育成に取組みます」「中途採用の拡大にも前向きに取り組み、フリー
ターなど安定した職についたことのない若者などについても、人物本位で採用
し、育成に努めます」など、「企業の宣言」という体裁をとった行政の要請が
多々織り込まれている。
 もちろん、行政としても「国民運動」の旗のもとにさまざまな施策を実施し
ている。国民運動のサイトからひろいあげれば、ジョブカフェやヤングワーク
プラザをはじめとして、若者自立塾や地域若者サポートステーション、トライ
アル雇用、日本版デュアル・システム、YESプログラム、チャレンジファー
ムスクール、働く若者ネット相談、その他各種セミナー・シンポジウム等々、
ハコモノからマッチング促進、教育訓練など、まことに幅広く数多い。ジョ
ブ・カードについてはサイトでの記載はまだなさそうだが、今年2月に開催さ
れた「国民会議」第5回の資料や議事録をみると記載があるので、これまた国
民会議の取り組みの一環ということになるのだろうか。いっぽう、ハコモノの
なかには、2003年にオープンし、いまやムダ遣いの代表として悪名高い「私の
しごと館」も含まれていて、いささか「なんでもかんでも」の感もなくはない。
 さて、この「国民運動」で若者の人間力は高まったのだろうか。第5回国民
会議の資料をみると、15~24歳の完全失業率や大学・高校生の就職率、いわゆ
る「フリーター」の人数などはここ数年で顕著な改善を示しており、いわゆる
「ニート」についても微減となっており、とりあえず「人間力」=「就職力」
だとすれば高まったといえるかもしれない。もっとも、これらの数値には景気
循環的な要素、すなわちこの間は基本的に景気回復期で人手不足傾向にあった
ことの影響が相当反映されていることは間違いない。循環的な要素ど政策努力
の効果とがどれだけ寄与しているのかの判別はむずかしいだろうが、いずれに
しても今後景気が後退局面に入ればこれらの指標も悪化することは避けられな
い。そのとき、若年雇用の悪化がどの程度にとどまるのかが、これら施策の試
金石となるかもしれない。
                         (編集委員 荻野勝彦)

2 私が読んだキャリアの1冊

 『君たちが働き始める前に知っておいてほしいこと』
   大内伸哉著 (社)日本労務研究会 2008.6.16

 厚生労働省は、この8月から「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方
に関する研究会」を開催している。「非正規労働者の趨勢的な増加や労働契約
の個別化、就業形態の多様化等が進む中、労働関係法制度をめぐる知識、特に
労働者の権利に関する知識が、十分に行き渡っていない状況が問題として指摘
されている」という問題意識のもと「労働関係法制度をめぐる実効的な教育の
在り方を提示していくことを目的として開催するもの」であるという。実際、
この研究会に提出された資料をみると、労働者の権利理解の状況はあまり進ん
でいるとはいえないし、不利な就労形態、労働条件で働いている人ほど理解が
低いという傾向も指摘されている。
 こうした問題意識は、これまでもたびたび指摘されてきた。たとえば、今日
の若年雇用問題に関する最初期のまとまった文献である玄田有史(2001)『仕事
の中の曖昧な不安-揺れる若年の現在』(中央公論新社、2005中公文庫)は、そ
の最終章で高校生に向かって「就職先でトラブルにあったら労働基準監督署に
行こう」と呼びかけている。法的に保証された権利を知らない、あるいは知っ
ていても救済を受ける方法を知らないがために、離職したり、不利な労働条件
に甘んじたりしている実態があるとすれば、それはたしかに解消すべきもので
あろう。
 この本は、最初に「卒業後に、就職したり進学してアルバイトをしたりする
ことになる高校生を主たる読者と想定して、働く際に身につけておくべき基本
的な法的知識を説明したものです」と書かれているとおり、そのためのテキス
トといった趣のものである。56ページの小さな本であり、現実に働いたときに
身近なものとなりそうな20のテーマを取り上げ、平易な表現で法律の解説を試
みているのに加え、「困ったときの相談先」や労働組合の役割も説明されてお
り、巻末には都道府県労働局の一覧と労働基準法の抜粋、そして行政が作成し
た労働条件通知書の様式が掲載されている。労働法をすべて網羅しようとする
と膨大なものになるし、正確な解説を期すればどうしても難解で読みにくいも
のとならざるを得ない。行政も同様の問題意識からか類似の啓発資料を作成し
ているが、たとえば東京労働局の作成した「ポケット労働法2008」をみても、
分量は123ページに及び、文章も平易が心がけられているとは感じるものの、
読みやすいとまではいいにくい。この本は、対象者を「主に高校生」に限定し、
内容を彼ら・彼女らにとって身近なものとなりそうなものに絞り込むとともに、
詳細は思い切って省いて原則の説明に大半を費やし、文体も口語調の若者が親
しみやすいものとするなど、並々ならぬ苦心でこれらの課題に取り組んでいる。
800円という価格は普及の上で微妙なところだが(上述の「ポケット労働法」
はネット上で公開されている。http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/siryo/p
anfu/panfu05/pdf/all.pdf)、この努力は多とすべきものだろう。
 ただ、この内容だけでよいのかといえば、もとより十分は期することが難し
いわけではあるが、不満も残らないではない。その最たるものは「企業内での
解決」という観点が欠落していることで、実はこれは最初に紹介した「今後の
労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会」でもそうした傾向がみ
られる。たしかに、たとえば年次有給休暇の取得を申し出たときに「この忙し
いときに何を言ってるんだ」とか「わが社にはそんなものはない」などと言い
出す程度の低い使用者もまだまだいる、というのは、残念ではあるが悲しい現
実だろう。それでも、「これこれこのように段取りして、仕事には支障のない
ようにしますから」と説明すれば「そうか、だったら休みなさい」と円満にお
さまる可能性も決して低くはないのに、いきなり「年次有給休暇は法的に保障
された労働者の当然の権利です」と労働基準監督署に駆け込んだとしたら、仮
に休暇はとれたとしても、その後に大きな禍根を残すリスクは高い。もちろん、
行政の監督に頼らざるを得ない石頭の子どもじみた使用者もいるわけだが、そ
ういう場合もなるべく事を荒立てずにうまく運ぶのが大人の知恵というものだ
ろう。まあ、ここまで望むのは高校生対象の本にはないものねだりかもしれな
いが…。
 さらに言えば、「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方」という観点
からは、労働者の権利の拡大が経済や労使関係の発展段階に応じてどのように
実現されてきたのか、ということの理解をはかることが大切ではないかと思う。
もちろん、不屈の労働運動によって権利の獲得が進んでいった時代もあるが、
国家経済の発展、労使関係の安定・成熟にともなって、政労使の三者による話
し合いで問題の解決や権利の拡大がはかられたり、労使協調による生産性向上
の成果を労働条件の向上を通じて権利の拡大に結び付けていくという枠組みも
整えられてきた。わが国でもほんの20年前にはまだ週休1日、法定週48時間労
働が一般的だったが、現在では週休2日、法定週40時間が広く定着している。
こうした大きな成果が実現できたのは、国の政策的支援もさることながら、個
別労使が生産性向上と労働時間短縮にそれぞれ努力したことの積み上げに他な
るまい。権利の実現をはかるということは、実は労使がよい職場、よい会社を
作るために努力することに他ならないということは、しかし現実の職場、会社
においてでしか教育できないことなのだろうか。だとすれば、今後の労働関係
法制度をめぐる教育の在り方におけるOJTの意義と労使の役割はまことに大
きい。
                         (編集委員 荻野勝彦)
 ※「私が読んだキャリアの一冊」は、執筆者による図書の紹介です。
  日本キャリアデザイン学会として当該図書を推薦するものではありません。

3 キャリアイベント情報
  ~キャリアデザインに関係するイベントの開催予定などをご紹介します~

◆中央職業能力開発協会平成20年度全国職業能力開発促進大会・職業能力開発
 推進者経験交流プラザ「生き生きとした職場づくりと企業力向上を目指して」
 平成20年11月17日(月)9:30~17:00
 於 九段会館(東京都千代田区)
 http://www.javada.or.jp/jigyou/jinzai/taikai.html

◆首都大学東京オープンユニバーシティ・東京都労働相談センター時事的課題
 セミナー「若者のキャリアを考える」
 平成20年11月27日(木)・28日(金)18:30~20:30
 於 首都大学東京飯田橋キャンパス(東京都千代田区)
 http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/ibento/kyoiku/seminar/08101_syuto/index.html

◆埼玉県労働福祉協議会 ワークライフバランスの促進を目指す労使トップセ
 ミナー
 平成20年12月6日(土)13:00~17:00
 於 さいたま共済会館6階ホール(埼玉県さいたま市)
 http://www.ningenryoku-plus.jp/event/pdf/event_saitama01.pdf

【編集後記】
 サブプライム問題を発端とする米国の金融危機、為替や株価の大幅な変動、
企業業績悪化の拡大と、世界経済が激動する中、企業の破綻や救済合併、買収
などの話題も多くなっています。いずれも、そこで働く人々にとってはキャリ
アの大きな転機でしょう。こうした現実に直面した人々のその後のキャリアの
成否はなにが決定づけるのか、「専門性」はどれほどたよりになるのか…何年
かのちに、興味深い研究対象となるのかもしれません。それにしても、一日も
早い経済の正常化を望みたいものです。(O)

【日本キャリアデザイン学会とは】

・キャリアを設計・再設計し続ける人々の育成を考える非営利組織です。
・キャリアに関わる実務家や市民と研究者との出会い・相互啓発の場です。
・多様な学問の交流からキャリアデザイン学の構築を目指す求心の場です。
・キャリアデザインとその支援の理論と実践の連携の場です。
・誤謬、偏見を排除し、健全な標準を確立する誠実な知的営為の場です。 
・キャリアデザインに関わる資格、知識、技法、専門の標準化の努力の場です。
・人々のキャリアの現実に関わり、変えようとする運動の場です。

 学会の詳細、活動状況はホームページに随時掲載しております。
 ◆日本キャリアデザイン学会ホームページ◆
   http://www.career-design.org/

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  日本キャリアデザイン学会(CDI-Japan)発行
  オフィシャル・メールマガジン【キャリアデザインマガジン】
 
このメールマガジンは『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ を利用して発
行しています。
 配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000140735.htm
無断転用はお断りいたします。

 編集委員:荻野勝彦(トヨタ自動車株式会社人事部担当部長)
      児美川孝一郎(法政大学キャリアデザイン学部助教授)

   日本キャリアデザイン学会事務局連絡先
    e-mail cdgakkai@hosei.org
   〒102-8160 東京都千代田区富士見2-17-1

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