日本キャリアデザイン学会会長
玄田 有史
(東京大学 社会科学研究所 教授)
日本キャリアデザイン学会が発足する20年近く前、お声がけをいただき、中学校や高校におじゃまし、お話させていただいたりしていました。お相手は、だいたい生徒さんです。先生や保護者に、というのもたまにありました。
テーマはいろいろでしたが、ほとんどが学校の「キャリア教育」の一環でのお招きだったと思います。当時は、キャリアも、キャリア教育も、さほど一般には耳馴染みでない状況です。多くの「?」は、生徒や家族だけでなく、先生も同じでした。「キャリアとは何だろう」といったことから、一緒に考えることも多かった記憶があります。
キャリア(career)は元々、大切なモノや人を「運ぶ(carry)」こととつながっている。多くがいろいろ運んでいるうち、土に轍(わだち)が刻まれる。轍がつらなり、道ができる。キャリアは、人生という長い道のりをどう歩んでいくか、ということ。それをさまざまな経験から学ぼうとするのが、キャリア教育。では、「続いてキャリアの歌を一曲」とかいって、サザンの『希望の轍』を唄ったり。今思うと恥ずかしい(笑)。講演で平気で歌える元会長の川喜多喬さんには、かないません(CDを出した歴代会長にも)。
反応は無論、微妙。生徒にいきなり「人生」なんてピンとこない。若い先生には「経験もない自分に生き方を教えるなんて、無理」と言われたり。そんなとき、こんなふうに言ったりしました。
「人生ずっと順風満帆なんて人はいない。経験や年齢にかかわらず、誰も迷ったり、悩んだり、悔しかったりの連続でしょう。だとすれば、迷いや悩みのなか、自分はどう生きるか。後悔しないよう。人のせいにしないよう。それがキャリアを考えることだと思う」。
生活、仕事、学びの場など、混迷のなかにある人は、20年前に比べ、増えてはいても、減っていることはないでしょう。苦しくても「どうにかなると信じられる」「にもかかわらず笑っていられる」。そんな希望は、つねに求められています。
「キャリアデザインて、何?」と問われたら、私は20年前と変わらず同じように答えるでしょう。キャリアをデザインするとは、くじけたり、つまずいたりしながら、それでも自分の足で、人生をとぼとぼと歩き続けられること。そのための知恵、行動、少しの勇気、そして自分なりの「観」をみつけること。キャリアデザイン学会は、混迷の経験や工夫を持ち寄り、率直に語り学びあえる、類のない場所と空間です、と。
今年度より日本キャリアデザイン学会会長をつとめさせていただきます。味わい深い多彩な混迷(?)経験を持つ千人以上の会員からなるユニークな学会です。要職に責任の重さを感じます。同時にこれも二度とない経験と、多少なりとも楽しんでみたいと思います。小説家ESの「苦しい仕事は、誰もしたくない。楽しい仕事は、じき飽きる。一番やりがいがあるのは『苦楽(くるたの)しい』仕事。」という言葉を肝に銘じます。
著名な日本の経営者MKは「リーダーに必要な本当の条件とは『運と愛嬌がありそうなこと』だ。」と語りました。うなずくと同時に、リーダーが運と愛嬌を「持ってる」かは、本人の才覚だけでなく、周りの人の理解と共感にかかっているとひしひし感じます。
これまで学会の副会長や常務理事などをつとめながら、幾度となく苦楽しい経験をしてきました。その積み重ねこそ、私にとって、キャリアの財産です。
最近思い出深いのは、代議員と役員の候補者にかかわる電子投票の選挙です。学会は2019年8月から一般社団法人に移行しました。それに伴い、定款の作成など、さまざまな体制が整備されました。目玉の一つが、初の本格的な代議員選挙の実施です。規定によりランダムに選ばれた正会員に就任をお願いしました。みなさんから候補者になるのを了解いただけるのか。正直、不安でした。80人から100人程度の承諾が必要です。ドキドキしながら返事を待ちました。最終的に90人の方から承諾をいただきました。
役員候補者とあわせて実施された、同じく初めての電子選挙システムによる新任投票は、過去最高となる53.0%の投票率を実現しました(前回は33.5%です)。会員のみなさんが、キャリアデザイン学会を「自分たちの学会」と、大切に思っていることを深く実感しました。
もう一つ、最近の思い出として印象深いのは、なんといってもさる9月11日、12日に法政大学をホスト校として2年ぶりに実現した研究大会です。新型コロナウイルス感染症の拡大から、昨年度の大会はやむなく断念となりました。今年に入っても終息の見通しは立ちません。再び中止とせざるを得ないか、悩みました。けれども、リーダーの眞保智子さんをはじめとする研究大会企画委員会のみなさんのひたむきなご努力により、初のオンライン形式で見事に開催され、281名という過去2番目の多数の参加となりました。大会にかかわってくださったすべてのみなさんに、心より感謝しています。
研究大会の内容は、参加者の心にそれぞれ強い印象を残したことと思います。学会にとっても、今後の持続的発展に向け、自信と財産になったのは、まちがいありません。
昨年以降、授業や会議、打ち合わせなど、オンラインの活用が一般的になりました。一方で対面でしか伝えらない・伝わらない大切なものがあることを、私たちは再認識しています。同時に、人と人とが本気で交わりあうことで生まれる熱気や波動は、やり方と工夫次第で、オンラインでも案外伝えられると、確信したのも今大会でした。川﨑友嗣さんのメモリアル企画、自由研究発表、特別講演、シンポジウム、そして懇親会など、熱気や波動の交流は、大会の至るところで感じられました。
2004年度に設立されたキャリアデザイン学会は2024年度に20周年を迎えます。学会は、これからも愉快で、学びと刺激のある、楽しい場所と空間であり続けます。引き続きのご支援とご協力をお願いします。