日本キャリアデザイン学会会長
浅野 浩美
事業創造大学院大学 教授
最近、「キャリア」や「学び」という言葉を耳にする機会がぐっと増えました。新聞や雑誌の特集、専門書や実務書、企業の人材育成や大学のキャリア教育など・・・キャリアや学びについて考えることは、特別なことではなくなってきています。
政策的な動向をみても、その傾向は顕著です。例えば、2020年9月に公表された「人材版伊藤レポート」では、キャリア観の変化、自律的なキャリア形成といった言葉が繰り返し取り上げられています。 2023年5月に公表された「三位一体の労働市場改革」でも、冒頭に「『キャリアは会社から与えられるもの』から『一人ひとりが自らのキャリアを選択する』時代となってきた」という言葉が掲げられています。また、リ・スキリングの重要性も強調されています。 こうした流れは、政策に限ったことではなく、研究や実務の世界でも同様で、「キャリア」や「学び」に関する情報は巷にあふれている、と言ってもよい状況ではないかと思います。
本学会は、2004年に設立されました。その趣意書には、「生涯学習社会とキャリアデザインの必要性」、「キャリアに関する学際的な研究の必要性」、「生涯学習時代のキャリア発達にかかわる研究者と実務家の交流の必要性」が掲げられています。今から20年以上前に、今日の課題を先取りしていた、と言ってよいと思います。
当時、「キャリア」という言葉は、今と違って、まだ一般によく使われる言葉ではありませんでした。 厚生労働行政において、労働者の自発的なキャリア形成支援が、職業能力開発施策の柱として、明確に位置付けられたのは、2001年のことです。職業能力開発促進法の改正によって、職業能力の開発及び向上の促進について、「労働者の職業生活設計に配慮しつつ、その職業生活の全期間を通じて段階的かつ体系的に行われることを基本理念とする」ことが打ち出されました。 私はその時期に、厚生労働省から出向した先で「キャリア支援部」という部署に所属し、キャリアコンサルタントの養成や若者の職業意識啓発に携わっていましたが、当時は、どこへ行っても、まず「キャリア」という言葉の説明から始めなければならなかったことをよく覚えています。
本学会には、設立年である2004年に入会しました。当時の私は、キャリア関連施策は担当していたものの、学会とは縁のない生活をしておりましたが、発起人名簿に先輩の名前を見かけ、特に誰に誘われたわけでもなかったにもかかわらず、自分も学会に入会させてもらえるかもしれない、何か学ばせてもらえるかもしれない、と思い、職務経歴書などを添えてFAXで入会を申し込んだのがきっかけでした。受け身の気持ちで入った学会でしたが、そこに待っていたのは、私が予想していたのとは少し違う世界でした。何かを教えてもらうというところではなく、研究者か実務家かにかかわらず、互いに発表に耳を傾け、意見を交わし、気付きを得ている。何度か出入りするようになる中で、少しずつ発言できるようになり、自ら参加して学ぶ面白さを実感するようになりました。
本学会は、研究者、実務家がそれぞれの枠を越えて交流し、共同して新しい学の形成に参画することを通じて、キャリアデザインの科学を提示することを使命としてきました。設立から20年余りを経て、キャリアや学びを取り巻く状況は大きく変化しましたが、だからこそ、本学会の使命は重みを増していると思います。
そのような時期に、会長を拝命いたしましたが、学会運営を担うにあたって、以下のことを大切にしたいと考えております。
第一に、研究と実践を支援するしくみの強化です。研究方法や、研究論文・実践報告の投稿に関するセミナーを継続して開催するとともに、研究助成の再開にも取り組みたいと考えております。さらに、挑戦する会員を後押しできるよう、研究と実践の双方を対象とした表彰制度についても検討を進めていきたいと考えております。
第二に、交流と参加の機会を、さらに参加いただきやすいものとすることです。本学会では、既に研究大会のほか、キャリアデザインライブ、支部研究会など数多くの研究会を実施しておりますが、全国各地の会員活動の活性化を図り、さらに、参加しやすく、研究や実践に役立つ場へと発展させていきたいと考えております。
第三に、持続可能な学会運営についても意識した運営を心掛けたいと思います。本学会は、15周年を機に一般社団法人化を果たし、約1200名の会員を有しておりますが、これからの10年、20年を見据え、多様な人材が新しい挑戦をし続けられるよう、体制を整えていきたいと考えております。
自身を省みると、行政に長く携わってきた一方で、研究者としてはまだ学ぶことが多い立場です。しかし、役員・監事・委員、そして会員の皆さまのお力添えをいただきつつ、研究者と実務家が力を合わせて、キャリアデザインの科学を提示する、という使命を果たしていくことができるよう、尽力してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。